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涼宮ハルヒの憂鬱 涼宮ハルヒの溜息 涼宮ハルヒの退屈 涼宮ハルヒの消失 涼宮ハルヒの暴走 涼宮ハルヒの動揺 涼宮ハルヒの陰謀 涼宮ハルヒの憤慨 涼宮ハルヒの分裂
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文字サイズ小でうまく表示されると思います 何故安価なのかは 33 33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 12 56 28.24 ID uEJYG+Qk0 いいわけ保守 なあハルヒ、このスレは本来SS投下をする為にあるんであって安価とかはまずいんじゃないのか? 投下が来た時の邪魔になるし、住人も良くは思ってないと思うぞ? 「そんな事はどうでもいいの! いい、キョン。この場合一番重要なのはプリンが生き残る事、それだけよ。 そりゃああたしだって、本当は投下を期待してF5押しながら支援カキコしてたいわよ。でも今は規制のせいで 住人が殆どいないじゃない!」 そりゃあ、まあそうだが。 「明日になればきっと誰かが戻ってくる、あたしはそう信じてるもの! だから私は意地でもここを存続させる から邪魔しないで!」 ……なあ、ハルヒ。お前、なんでそんなにプリンの存続にこだわるんだ。 「え?」 別に今もアナルは生きてるんだし、規制されてる人が帰ってきてからスレを立ててもいいだろ? 「……だって」 ん。 「だって……ここがなかったら、あたしとキョンのSS書いた人が投下してくれないかもしれないじゃない」 なんだ、声が小さくてよく聞こえな「うるさい!! バカキョン! いいから存続させるの! いいわね!」 1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 09 12 27.95 ID uEJYG+Qk0 8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 09 48 25.98 ID uEJYG+Qk0 適当にはじめてしまおう 何事もない日常が喜び。 ハルヒに振り回され続けてきた俺は、たまに本気でそう思う事がある。 でもまあ、ここまで退屈だと逆に何か起こってくれないかね? なんて思うのは 贅沢なのだろうか。 せっかくの休日だというのに今日は何の予定もなく、朝から何度も確認しみても 携帯の電源は入っているのに着信はない。 これは神様が俺に休憩しろとでも言っているどうろうか? だとしたらその余暇を楽しむ何かまで準備して欲しかったってのは、望み過ぎ なんだろうな。 10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 09 55 41.85 ID uEJYG+Qk0 出かけるあてなどないのだが、とりあえず着替えてだけおくか。 クローゼットの中の私服は、我ながらレパートリーが少ない。ああそうだ、買い物 に行くなんてものいいかもしれないな。 結局、着なれたいつもの服装に着替えた俺は―― 11 反応なければ適当にいきます 1 誰か誘ってみるか 相手指定可 2 今日は一人で行動しよう 11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 06 50.18 ID uEJYG+Qk0 適当~ 誰か誘ってみようか? そう思って携帯を開いてはみたが何となくその気にならない。 たまには一人で出かけてみるか。 俺は開いたばかりの携帯を閉じてポケットに入れると、自分の部屋を後にした。 休日だというのに、街に溢れかえっているのはスーツや事務服に身を包んだ人ばかり だというのはどうなのかね? 週に一度は魂の安息日があってもいいと俺は思うぞ。 そんな上から目線で、実際にファーストフードの2階席から歩道を見下ろしながら 簡単な朝食を済ませる。 12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 13 39.95 ID uEJYG+Qk0 一人だと相手を選んで店を決めたりしなくていいから気楽でいいな。 いつもの休日なら、気忙しく食べ終えて移動するだけの食事なのだが今日は違う。 多少冷えて適温になったコーヒーをゆっくりと飲みつつ、俺はゆったりとした時間を 楽しむ事にした。そういえばマックのコーヒーはおかわり実はできるらしいが、本当 なんだろうか? こんな小さなコップにおかわりってきついだろ、頼む方も持ってくる方も。 時間は……10時か。 手元のレシートで会計時間を見るとまだ20分しか経っていない。 14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 21 21.40 ID uEJYG+Qk0 やれやれ、気忙しいのは俺も一緒か。 嘘をついても仕方ない、早くもこののんびりとした時間に俺は退屈しはじめていた。 あてもなくぶらつくのもいいが、どうせなら何か――ああ、今日は服を買うんだったな。 空になったゴミが満載のトレーを片付けるついでに、俺は店にあったフリーペーパーを 一部もってきた。 今日の俺にはそれほど資金に余裕があるわけでもないし、何軒も店を回る気力もない。 よさそうな店が無いかページをめくっていくと、まあ俺でもなんとか手が出そうな店が 数軒見つかる。 それは ↓ 1 駅裏のアーケードにできた個人経営の店だった 2 最近人気のブランド物を扱う専門店だった 15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(dion軍):2008/09/14(日) 10 24 47.67 ID /F2MYmMC0 1 16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 29 22.74 ID uEJYG+Qk0 「あっれー? キョン君じゃないか!」 駅裏のアーケードの一角、つい先日できたばかりらしいその個人経営の店の前で、俺は やけに元気な先輩と出会った。額によくわからないインドちっく? なバンダナを巻いて 笑っているのは言うまでもなく鶴屋さんである。 「おんや? あれ? 何故だろう、鶴屋さんは俺を見つけて駆け寄ってきた途端、何かを探すようにオーバー リアクションで俺を起点にぐるぐると回っている。 どうかしたんですか? 「どうかもなにかも、キョン君。君、一人なのかい? ええ、今日は一人です。 俺の返答がよほどショックだったんだろうか、鶴屋さんの笑顔が一瞬固まる。 17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 35 41.93 ID uEJYG+Qk0 「え、あ。あっははー! その、うん。なんだ。人生は長いぞ少年!」 突然俺を抱きしめて、鶴屋さんは意味のわからん事をいいながら背中をばんばんと叩いて きた。 え? あのどうしたんですか? 「まあハルニャンは気まぐれな所もあったりするからさー、ちょろっと離れる事があっても 元通りになる時は磁石みたいにばちーんって一瞬だよ!」 あの、鶴屋さん。 ↓ 1 よくわからないが誤解を解こう 2 まあいいか、このままにしておこう 18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(神奈川県):2008/09/14(日) 10 36 54.51 ID RpStx02Y0 1 20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 46 14.02 ID uEJYG+Qk0 よくわからないが誤解を解こう ハルヒとは別に何もないですよ。今日はたまたま一人で買い物に来ただけなんです。 「へ? ……あ、そうだったんだ。ごっめんねー!」 とか言いながら俺の頭をぐりぐりと撫でる鶴屋さんを見て、うちの妹が大人になったら こんな感じになるんだろうか? と俺はシャミセンいじりに邁進する我が家の暴君の十数年後を 想像してみた。 「で、キョン君はあたしのお店の記念すべき最初のお客さんになってくれるのかな?」 へ? あなたのお店? 「あれー? 知ってて来てくれたんじゃなかったのかい? 本日12時オープンのファッション 雑貨『なまらすて』をよろしくぅ!」 持ってきていたフリーペーパーを見てみると、確かに店の連絡先の所に鶴屋という文字がある。 実は高校生向きファッションショップというカテゴリーと、駅から近いという理由だけで選んだ んだけどな。 22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 54 37.56 ID uEJYG+Qk0 なまら……すて、北海道の訛りなのか外国の挨拶なのかそのどちらもなのかよくわからない 名前だ。だが店の名前が意味不明なのに対して、店の商品は実にわかりやすい品揃えだった。 高校生向きと言うだけあって、俺でも簡単に手が出る値段の商品がそれほど広くない店内に 空間を意識しながら展示してある。 「開店までまだ1時間あるけどキョン君なら入っちゃってもいいにょろよ?」 それは、その有難い申し出だ。だがいいんだろうか? 「いいんだって、だって私店長さんなんだもんね!」 俺の返事を聞く気はないのだろう、さっそく俺の腕を掴んで鶴屋さんは店内へと案内というか 拉致してくれた。 流石は鶴屋さんといった所だろうか。店内に並んだ商品はどれもはずれがなく、適当に買って 帰っても後悔はしない様に見える。 「さーて、じゃあキョン君に似合いそうなのは……と」 どうやら一緒に服を選んでくれるつもりのようだ、 ↓ 1 せっかくだが一人で選ぼう 2 ここはプロに任せよう 23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 11 06 31.83 ID neBvtuvmO 2 24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 11 14 29.82 ID uEJYG+Qk0 ここはプロに任せよう。俺のセンスがどれ程のものかくらいわかってるさ。 「キョン君は無理にかっこつけた服よりも、ポイントでセンスが光る服の方が合ってると思うん だよね」 俺と服とを交互に見ながら、鶴屋さんは駄菓子でも買うかのような勢いで服を集めていく。 あの、それもしかして全部。 「もっちろん試着してもらうよ! さあさあ、とりあえずこれとこれで着てみて! こっちを 上に着るんだからね?」 試着室になかば押し込まれるようにして閉じ込められた俺は、まあ仕方ないかとため息をついて 見つくろってもらった服に着替え始めた。 ――これが、俺か。そうか。 数分後、全身が写る鏡の前に居たのは俺が見てもそれなりに見える外見の男だった。さっきまで の、延滞したビデオを返しに行く途中にしかみえない男はもうここには居ない。 服で印象が変わるなんて無いって思ってたが、選ぶ人によってはあるんだな。 「もーいーかいっ?」 あ、はいどうぞ。 「御拝けーん……おー! さっすがあたし、完璧じゃないかー!」 俺もびっくりしました。 25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 11 21 18.14 ID uEJYG+Qk0 次に着せようと持ってきていた服をあっさりと投げ捨てて、鶴屋さんは俺を試着室から引っぱり 出すってああ、待って下さい! 靴を履いてないんです! 「いやー、素材は悪くないと思ってたけどこれは予想以上。カツオがマグロになっちゃったねー!」 それってどっちが上なんでしょうか。 ちなみに外国だと、どっちもツナだったりするらしいですよ? 「ねえ、キョン君。これから一緒にどこかへお出かけしないかい?」 ええ?! って貴女はこのお店の店長さんなんでしょう? 「大丈夫だって! 初日だからバイトさん雇ってるし問題無いっさ!」 って、その ↓ 1 やっぱりまずいですよ 2 まあいいか 26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(新潟・東北):2008/09/14(日) 11 24 41.39 ID 3wOPtLBVO 2でお願いします 27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 11 38 07.56 ID uEJYG+Qk0 まあいいか、たまにはハルヒ達以外の人と遊んだっていいだろ? 俺は大人しく頷き、それを見た鶴屋さんは向日葵の様な笑顔を浮かべた。 「みくるから色々聞いてはいるんだけど、キョン君はどんな所で遊ぶのが好きなのかな?」 そう言われると、どことかは無いですね。 ティーンズ雑誌の表紙を飾ってもおかしくないレベル、つまりは道行く人の誰もしも振り返るような 外見の鶴屋さんと二人っきりで歩くのは、普段の俺ならご遠慮したい。 だが今の俺ならば、そんなに自分を卑下しなくてもすむはずだ。多分。 「あっれー? キョン君元気ないくないかい?」 鶴屋さんは、呼吸が感じられる程近くで覗き込んでくる。 思わずのけぞった俺の胸に指をあてながら、 「あたしが選んだ服を着てるのにそんな自信なさげな顔じゃだめさー? さあ笑って! ね!」 今更なんだけど鶴屋さんの喋りがよくわからない; 誰か鶴屋さんのセリフが多いSS知ってる人いないかい? 28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 11 48 14.40 ID uEJYG+Qk0 そう言って俺の頬をひっぱる鶴屋さんの顔に、何か言葉以上の感情があるような違和感を感じる。 ……あ、そうか。鶴屋さんは俺に気を使ってくれてるんだな。言葉の所々に感じるニュアンスと、時折 俺の顔を見つめてくる仕草が気になってはいたんだ。 鶴屋さんは多分、俺がSOS団の誰か。まあ、多分ハルヒとの間で喧嘩でもしてると思ってるんだろう。 そう思うのも無理もない程に、俺の行動にはSOS団の誰かが関わっていたからな。 ようやく俺に笑顔が戻ったのを見て、鶴屋さんは満足げに頬をつまんでいた指を離す。 「さ! 今日は記念すべきキョン君とあたしの初デートだよ! 気合い入れてエスコートして、彼女の ハートをがっつりお持ち帰りしちゃってね?」 えっと、それはどこから突っ込めばいいんですか? ……反応なし。おかしいな、俺の反論はどうやら鶴屋さんには聞こえない様だぞ。なんて便利な耳だ。 さて、とりあえず歩道で立っていても仕方ない。どこかへ行くとするか……。 ↓ 1 公園でいいかな? 2 図書館に行ってみよう 3 休みだけど学校に行ってみようか 29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 11 52 34.81 ID neBvtuvmO 1 34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 13 04 28.27 ID uEJYG+Qk0 言い訳書いてる暇がどこにあったのかと 休日の公園は騒がしい街とはうって変わって、子供連れの主婦が数人しか見えない。 俺の隣を歩く鶴屋さんは絡んでくる子供の相手をしたり、やれ空に浮かぶ雲の形が何に似ているだのと はしゃいでいる。 いいね、これこそまさに安息日ってやつだ。 俺は俺でそんな彼女の姿を目を細めながら眺めつつ、のんびりとした時間を楽しんでいた。が。 「ねーキョン君さ。……みくるが秘密を打ち明けた公園にあたしを連れてきて、どうしちゃうつもりなのかなー?」 平穏な時間はあっさりと終わった。 って今のはマジなんですか? まさか朝比奈さんは鶴屋さんに全部話してしまっているとか? ↓ 1 鶴屋さんも、朝比奈さんが未来人だって事知ってるんですか? 2 俺には、その。何の事だかさっぱりです 35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 13 09 22.03 ID UndwICEDO 2で つか爆睡かましてたらアナルが落ちてたorz 36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 13 23 16.93 ID uEJYG+Qk0 俺には、その。何の事だかさっぱりです。 いくら朝比奈さんがうっかりさんでも、禁則事項に関わるような事を口を滑らせるとは思えない。俺は冷や汗を かきながら鶴屋さんに嘘をついた。 しばらくの凝視の後。 「……そっかー。そうだよね、うん。ごめんごめん! ちょっとさ、みくるの様子が変だったから気になっててね」 え、朝比奈さんがですか? 疑う様だった鶴屋さんの眼差しが消える。 「みくるからキョン君の話を聞いてた時にね? この公園でキョン君に何か大切な事をお話したって所までは教えて くれたんだけど、それ以上先はどー頑張っても教えてくれなかったのさ~」 ……朝比奈さん、そこまで話したら誰でも気になると思いますよ? 「それで、もしかして君が何かみくるといけないお話でもしちゃったのかなって思ってね~。……ねえキョン君」 はい。 「みくるはさ~、なんていうかぼんやりさんでおっちょこちょいで目が離せない所ばっかり目立っちゃうけど、 本当は色々溜めこんじゃう娘なのさ。だけど人には言えない性格なのか、言えない内容なのかわかんないけど、 自分だけで頑張っちゃっててね~……そんなみくるもさ、キョン君には話せる事が多いみたいだから助けになって あげて欲しいな?」 最後の方は寂しそうな声で、鶴屋さんはそう言った。 39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 13 39 38.67 ID uEJYG+Qk0 俺にできる事なら。 もちろんこれは俺の本音だ。心のオアシスでもあり部室の天使でもある朝比奈さんの手助けになるなら、頼まれる までもなくなんだってするだろう。 パッと笑顔になる鶴屋さん。 「よろしく頼んだよ!」 そう言って鶴屋さんは背伸びをすると――冷たく柔らかい何かが触れる――素早く俺の頬にそっと触れるキスをした。 な、な。え? 驚く俺とは対照的に、鶴屋さんは平然とした顔で自分のポケットで振動していた携帯を取り出して何やら確認をしている。 そして急に顔をしかめて 「えー! そんなぁ~……残念だけどキョン君、あたし今すぐお店に戻らなくちゃいけなくなっちゃったよ。在庫が 尽きちゃって大変なんだって」 ええ? ってああ、俺の事は気にしないでいいですよ。 ところでさっきのはいったい、ってここは聞くべきなのか? 「ほんっとごめんよ? この埋め合わせは絶対するからー……絶対するからねー!」 手を合わせて謝ったかと思うと、すぐさま走り出し、何度も振り返りながら鶴屋さんは去って行った。 鶴屋さんの姿が見えなくなった所で、そっと自分の頬に触れてみる。 ……どうやら、さっきの白昼夢の類ではないらしい。 一人公園に取り残された俺は、自分でも意味のわからない溜息をつきつつ家路についた。 なんていうか、ハルヒとは別の意味で台風みたいな人だな。 42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 13 58 13.27 ID uEJYG+Qk0 その日、久しぶりに自室のクローゼットに新しい服が追加された。並べてみると、そこだけ自分の服じゃないみたいで なんだか変な感じがするな。 次の休日が待ち遠しいなんていつ以来の感情なのかわからない、俺はその日の出来事を思い出しながら眠りについた。 ――翌日、いつもなら気だるい通学路も普段の20%増し程度の元気で登り終え、平均より10分程早く教室に入った 俺の目に入ったのは机にのびているハルヒだった。 めずらしいな、あいつにしては。 俺が席についてもハルヒは動こうとしない、流石にここまでくると気になってくる。 おい、大丈夫か? 俺の声に数秒遅れて、ハルヒがゆっくりと顔を上げる。 「……ああ、キョン。いつ来たの?」 今さっきだ。 「そ」 再び机との同化作業に戻るハルヒ。 ハルヒ、体の調子が悪いのか? 保健室に行くならついて行ってやるが。 「いい。……昨日、親戚が1歳になった赤ちゃんを見せに来たんだけどね。その相手をしてて本気で疲れてるだけ」 そりゃあ……大変だったな。 お前の相手をしている俺達の大変さが少しはわかったか? なんて本音は言わないでやるよ。なんせ俺は充実した 休日だったからな。 「キョンは」 ん? 「キョンは昨日何してたの?」 ああ、俺か。 ……さて、ここで鶴屋さんの名前を出すべきか…… じゃあ安価で ↓ 1 やめておこう。昨日は買い物して終わったよ。 2 まあいいか。昨日は鶴屋さんの店で買い物してきた。 3 たまには驚かせてやるか。昨日は鶴屋さんとデートだったんだ。 43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(神奈川県):2008/09/14(日) 13 59 47.34 ID npWD+ams0 3 44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(dion軍):2008/09/14(日) 14 09 56.12 ID /F2MYmMC0 古泉君スタンバイ 45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 14 11 50.23 ID uEJYG+Qk0 たまには驚かせてやるか。 昨日は鶴屋さんとデートだったんだ。 「はあ?!」 でかい声をだしつつ即座に体を起こすハルヒ。 おでこ、真赤だぞ。 「えっあっ……ちょっとキョン。今のって本当なの?」 前髪でおでこを隠しながらハルヒは睨んでいる。 嘘か本当かと聞かれれば……本当なんだが、まあ古泉の気苦労を増やすのも悪い気がする。あいつに恨みがある訳でも ないしな。 冗談だ。昨日買い物してたら偶然あってな、服を選んでもらったんだ。それだけさ。 「……あ、あんまり変な事言わないでよ。でもまあ、よくよく考えてみれば鶴屋さんがあんたみたいなのとデートする なんて地球が逆回転を始めるよりありえない事よね。一瞬でも信じたあたしがどうかしてたわ」 そうかい。 ずいぶん安くなっちまったな、地球。 46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 14 21 37.98 ID uEJYG+Qk0 これでこの件は終了。 だったらよかったんだけどなー。それから時間は進み今は昼休み、どこかへでかけていくハルヒを見送り、のんびりと 弁当を広げていた俺の携帯が振動をはじめた。相手は……古泉? 箸を置いて、なんとなくその場で話すのを躊躇った俺は廊下に出てから受話ボタンを押した。 もしもし。 「何があったんですか?」 主語がないぞ、古泉。それにそれは俺のセリフだ。 「すみません、ですが答えて下さい。涼宮さんに何かしましたか?」 何かって……特に思い当たらないが。 「実は、ついさっきいつになく巨大な閉鎖空間が発生しました。これは涼宮さんにいきなり大きなストレスがかかったと しか考えられません」 落ち着けって、まあやばいのはわかった。でも俺はここ数時間ハルヒの頭を叩いたりもしなかったぞ?叩かれはしたが。 それに授業中だったから特に何かあったとは思えん。 「確かにそうですね……、ちなみに、貴方の言う物理的な理由では涼宮さんにストレスがかかる事は殆どありません。 ありえるとしたら……そうですね、貴方が涼宮さんの目の前で誰かとキスをする、そんな状況を見れば今のような閉鎖空間も 発生しえるでしょう」 古泉、ここは学校だぞ? そんな事がある訳……あ。 「ど、どうしました?」 49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 14 35 38.75 ID uEJYG+Qk0 あ、いや。実は昨日、俺は鶴屋さんと買い物をしてたんだが。 「はい」 そこでキスされたんだ。 「……」 痛いほどの沈黙が流れる。 で、でも、あれは不可抗力だったし昨日の事なんだから今回は関係ないだろ? それに俺はハルヒには、買い物中に 鶴屋さんと会ったとしか言ってないぞ。 「事実はともかくとして、もしも涼宮さんがその事を鶴屋さんに確認に行ったら」 古泉の言葉に、俺が想像した鶴屋さんのリアクションのどれもが、あっさりキスの一件まで伝えてしまう姿だった。 「すみません、僕は機関の仕事に戻ります。すみませんが涼宮さんの事をお願いします!」 おい待て古泉! お願いするったってな? ――ええい、切れてやがる。 別に俺はハルヒと付き合ってる訳じゃないのに、そこまで気をまわさなくちゃいけない理由ってのはなんなんだろうな? ああそうか、世界崩壊の危機だったな。……笑えねー。 ともかくだ、ここは ↓ 1 ハルヒを探そう 2 長門に相談しよう 3 朝比奈さんに話をしてみよう 50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 14 37 16.58 ID neBvtuvmO 1 52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 14 46 21.17 ID uEJYG+Qk0 ともかくだ、ここはハルヒを探そう。 鶴屋さんとハルヒが会ったっていうのが本当なら、多分2年の教室の近くに居るはずだ。 生徒で溢れかえる昼休みの廊下を、俺は世界を救うべく全力で走っていた。 そこら中から感じる奇異の視線。 そうだな、俺もこんな変なのが居たら目で追うだろうよ。 ついでに言えば入学したばっかりの頃のハルヒはこんな視線をいつも受けてたんだろうな。 幸運にも教師に見つかる前に、俺は2年の教室まで辿り着いた。 えっと、鶴屋さんは……しまったあの人が何組なのか俺は知らないじゃないか? 朝比奈さんに電話した方が確実なんだろうが、ともかく今は時間が惜しい。俺は順番に教室の中を覗き込みながら ハルヒの姿を探していった。 そんな不審行為を繰り返していると、 「あっれー? キョン君じゃないかー」 廊下を歩いて来たのはまさに渦中の人、鶴屋さんだった。 54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 14 55 44.12 ID uEJYG+Qk0 53 本当に言ってねー 鶴屋さん、ハルヒがここに来ませんでしたか? っていうか何か話しませんでした? 「ハルニャン? きたよー、昨日キョン君とチューしちゃったーって言ったらめがっさ怒って何処かへ行っちゃったにょろ」 ――世界が停止したかと思った。……古泉、最悪な方向にビンゴだぞ。 急な運動による胃痛と、止まらない頭痛に思わず頭を抱える。 あーくそう! なんで朝、俺はあいつにあんな事を言ってしまったんだ? そんな事言うつもりはなかったのに! 「ちょっと大丈夫かい? 顔色が真っ青だよ?」 ええまあ、これくらいなんてことないんです。はい。 これから起きるかもしれない事を考えれば、俺の体調不良なんて1ジンバブエドルと等価なんです。 それで、ハルヒはどこへ? 「あっちだよ。でもどこに行くかは聞いてなかったな~」 ともかく今は動くしかない、俺は疲れた体に鞭打って再び廊下を走りだした。そして間もなく階段の踊り場に辿り着く、 ハルヒは上か? 下か? 1 上 2 下 3 一人では探しきれない、誰かに助けを頼もう 55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 15 05 18.49 ID neBvtuvmO 上 59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 15 18 34.75 ID uEJYG+Qk0 書き手が一人の間はこれでもいいかもね 上に行ってみよう、なんとなくハルヒと言えば高い所にいるイメージがある。それに一度降りて上がるよりは、先に 上がって降りた方が体的にも楽だろう。 これで重労働は最後だと気合いを入れて階段を上った先には、ああそうだ、そういえばここだったんだな。 あの日、部活を作る事を思いついたハルヒに拉致されてきた屋上への扉があった。 鍵は……開いている。 勢いのままに扉を開けたそこには……、誰も居なかった。 一応ぐるりと回ってはみたが、広い校舎の屋根部分に簡単な柵がついているだけで誰の姿も隠れる場所も見当たらない。 くそっはずれか? 「おーい、キョン」 誰かの声が下から聞こえてくる。この声は、 「お前そんな所でなにやってんだ?」 グランドから叫んでいたのは谷口の奴だった。隣には国木田の姿も見える。 おい! ハルヒを見なかったか? 「涼宮? 涼宮ならさっき部室棟の方に歩いてたぞー? っていうかお前午後の授業さぼるつもりか?」 「キョンー。僕の机の上に置いてあったお弁当はキョンの机の中に入れておいたからねー」 二人の声を最後まで聞く事無く、俺は本日何回目かの全力疾走を自分の足に命じた。 62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 15 37 36.41 ID uEJYG+Qk0 じゃあとりあえず16:00で一回切れる様にごまかします 30分程の用事もあるし 詳しい言い訳は 33 俺の選択のどこに間違いがあったのか、それともそもそも俺の選択など何の意味ももたないのか。 昼休みが終わる鐘が鳴って静まり返った廊下を俺は必死に走っていた。 授業中のクラスの近くを通るのはなるべく避けながら、ともかく部室棟へと急ぐ。 中庭から見えるグランドでは谷口達がサッカーに興じているのが見える。 ああくそっ! いったい俺は何をやってるんだろうなーもー! 部室棟の中は当たり前だが静まり返っている、俺の階段をかけのぼる音だけが大きく響き、ようやく部室の前まで 辿り着いた時は、今度は俺の荒い息だけが響いていた。 頼むぜハルヒ、ここに居てくれよ? 会った所でなんて言えばいいかなんてわからないが、会わなけりゃアウトな事だけはわかる。 息を飲みながらドアノブに手をかけ、ゆっくりと回す。 扉の向こう、部室の中に居たのは…… 1 よかった、ハルヒがそこに居た。 2 古泉、なんでお前がここに? 3 長門、お前だけか。 4 すみません、間違えました。俺を見つめるいくつかの不審な目、間違ってコンピューター研の扉を開けていたらしい。 65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 15 47 07.84 ID neBvtuvmO 2 68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 15 56 34.43 ID uEJYG+Qk0 古泉、なんでお前がここに? 部室の中に居たのはハルヒではなく古泉だった。 「貴方こそどうして、涼宮さんを探していたのではないんですか?」 探して辿り着いたのがここなんだ。で、お前は? 「閉鎖空間の発生地点がここなんです、僕は外の状況を確認するために一度出てきた所なんですが……まさか、もしかして?」 古泉は驚いた顔で部室の窓を見つめる、……嫌な予感がする、しかもそれが的中してしまうような……。 まさか、ハルヒは。 俺の言葉に頷く古泉。 「どうやら、涼宮さんは自分で作った閉鎖空間の中へ入ってしまったようですね」 悪い予感ってのはなんでこう当たるんだろうな、誰か教えてくれよ。 「神人は広範囲に分散して現れていますが、万一涼宮さんが遭遇してしまったら終わりです。すみませんが……」 わかってるよ、俺も行けばいいんだろ? 「申し訳ありません」 今回は俺の不注意が原因みたいなもんだ、気にしなくていい。 74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 16 40 11.76 ID uEJYG+Qk0 なんだろう、ここ。 気がついた時、あたしは不思議な場所に居た。 そこは見た目はあたしのSOS団の部室なのに、一切音が無く窓の外は色が無い灰色の世界が広がっている。 この場所にあたしは……うん、きっとそう。ここに私は来た事がある。 ともかく誰か居ないか探さないと。 77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 16 59 05.25 ID uEJYG+Qk0 まるで気圧の違う場所に入ったかの様な違和感。 「もういいですよ」 目を開いた時、そこにあったのは数秒前と変わらぬ部室の風景。そして窓の外に広がる灰色の世界だった。 今の所、窓の向こうに青白く光り輝く巨人の姿は見えない。 「学校の傍の神人は閉鎖空間の発生した時に退治しました。ですが、神人が再び現れないとも限りませんので 急いで涼宮さんを探しましょう」 ……そうだ、簡単な方法があるじゃないか! 「え?」 俺は窓を開けて中庭を見回す、そこにハルヒの姿は見えない。が ハルヒー! 俺の声が静まりかえった校舎の隅まで響いていく、ええいもう一度だ! ハルヒどこだー! 再び響き渡る声に、返ってくる返事はなかった。 「……これは、盲点でした。確かに大声で呼べば早いですよね」 でもダメみたいだな、もう遠くに行ってしまってるのか? 「いえ。涼宮さんの反応がここで感じられる以上、少なくとも学校の敷地内に居る筈です」 なるほど ↓ 1 もう少しここで呼びかけてみるか 2 二手に別れて探しに行こう 3 僕となるべく離れないでください。神人が出現した時に僕が居なければ危険です。 78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 17 01 20.54 ID neBvtuvmO 2 79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 17 12 29.31 ID uEJYG+Qk0 なるほど、二手に別れて探しに行こう。ハルヒが学校から出てしまったら探しきれなくなる。 「了解です。何かあったら古典的ですが大声を出してください、すぐに駆けつけます」 ああ、その時は頼むぜ。 とりあえず古泉はまず部室棟を探し、終わったら本館の上階を。俺は本館の1,2階を探す事になった。 静かな本館の中、俺の歩く足音だけが廊下に響く。 途中までハルヒ出て来いよーなどと叫んでいた俺だが、今はそれにも疲れ、とにかく教室という教室を順番に 調べて回っていた。 ハルヒが何故出てこないのか? まあ理由は色々考えられる。 例えば、あいつがこの世界で寝ているとか気を失っているとかそんな理由で俺の声が聞こえなかった。まあ、 これならいいんだ。これなら。 問題なのは、俺の声が聞こえたけど出てこなかった……つまり理由はわからないが俺達から逃げていたら? そうなったらちょっと厳しいかくれんぼになるぞ、なんせ範囲は無制限なんだ、。 80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 17 20 14.76 ID uEJYG+Qk0 職員室を見た後、1階の各教室を順番に回ってきたが成果0。古泉の声も聞こえてはこない。 いったいハルヒは何処にいるんだ? とりあえず足は止めないが、俺はあいつが行きそうな場所を考えてみる事にした。 あいつが一人で行きそうな場所か……あ、そういえば校舎内をくまなく探した事があるって前に言ってたな。 それだけで全ての場所が候補になるってのはきついぜ。 でもまあ予測だけでも立てるとすれば、だ。 ↓ 1 あいつは屋上で何か投げてなかったか? 2 プールのふちに立ってるのを見た事がある気がする。 3 あ、音楽室はどうだ。前にピアノを弾いてた様な。 81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 17 25 59.37 ID neBvtuvmO 3 89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 18 21 06.58 ID uEJYG+Qk0 あ、音楽室はどうだ。前にピアノを弾いてた様な。 1,2階の捜索を終えていた俺は、とりあえず音楽室へと向かった。 「ねえキョン、なんだかすごい1年生がピアノの演奏してるんだって。見に行かない?」 そう国木田が聞いて来たのは入学式が終わって数週間後の昼休みの事だった。ちなみにそれはハルヒが ありとあらゆる部活に仮入部を繰り返してはどこにも入部しないという意味不明の行動に勤しんでいた時 でもある。 だから俺はそのピアノを弾いてる凄い1年ってのもハルヒの事だろうと思い、行くのを躊躇っていたの だが――あいつがピアノを弾く姿ってのは想像できないな――怖いもの見たさ、って奴だろう。 弁当を食い終えて重くなっていた腰を上げていた。 人だかりのできた音楽室の入口、開いたままの分厚い扉の中から聞こえてくるピアノの音。 俺が人垣の隙間から背を伸ばして見たのは…… あいかわらず上手いな。 俺の言葉と同時にピアノの音が止む。 あの時と同じ音楽室の分厚い扉の向こう、防音になった部屋の中で一心不乱でピアノを弾くハルヒの姿がそこにあった。 99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 19 10 49.37 ID uEJYG+Qk0 どうやら見つけたみたいですね。 本館の中を歩いていた時、そのピアノの音は聞こえてきた。それと同時に不安定だった涼宮さんの気配も 一瞬強くなり、また小さくなる。 なるほど、音楽室でしたか。これは盲点でした。 この建物に居る人の気配は僕と彼、そして涼宮さんだけ。となれば涼宮さんと一緒にいるのは彼しかいない。 何とか事態は解決に向かいそうですね――そう思って一息ついた古泉を待っていたかのように、グランドの中央に 神人はその姿を現した。 「……キョン」 どうやら本気で弾いていたらしく、ハルヒの息はあがっている。 なるほどね、気を失っていたのでも俺達から逃げていたのでもない。本当に声が聞こえない所に居たとは 予想外だったよ。 だが見つけたのはいいが、これからどうすればいいんだ? 「ねえ……」 そこまで口にして、ハルヒは黙ってしまった。ただでさえ物音がしない防音室の中に、痛い程の沈黙が広がる。 かといって俺から口を開こうにも、なんて言っていいのかわからないんだが。 101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 19 11 29.53 ID uEJYG+Qk0 これは……僕ひとりでは厳しいかもしれません。 グランドの上に現れた神人はサイズは小さいものの全部で3体、通常であれば能力者4人以上で対応するのが セオリー。だが今はそんな事を言っている時間はない、もしも涼宮さんに万一の事があれば文字通り全ては終わって しまうのだから。 赤い光が浸み出して光の球体が体を包み込む。 頼みましたよ? 近くの教室の窓から飛び出した僕は、一番近くに居た神人の左腕を切断しながら舞い上がった。 パサリと何か紙をめくる音がする、見ればハルヒは楽譜を取り換えてピアノの上に置く所だった。 ……さて、何を聴かせてもらえるんだろうね? 壁際に置かれた椅子を一つ取り、ハルヒが見える位置に置いて座ると流れるように音が溢れ出した。 俺にはピアノ曲なんてもののタイトルはわからないが、ハルヒが弾いたのは優しいメロディーだって事はわかる。 その曲に聞き惚れつつハルヒを見てみれば……楽譜の意味あんのか? ハルヒは俺の顔を見ながらピアノを弾いて いた。時折目を伏せたり、また見開いて見つめてきたりと表情を変えるハルヒに合わせるように、曲もまた変化して いく。 102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 19 12 09.77 ID uEJYG+Qk0 これは……いったいどういう事なんでしょうね。 神人を引き付けながら空中を浮かんでいた古泉が見たのは、突然静かになった神人達の姿だった。 これまでに数多くの閉鎖空間に入ってきたけれど、こんな事は初めてだ。 驚きつつも念のために距離を置いたまま様子を伺っていると、神人達の光量が緩やかに衰えていきやがてそのまま 消え去ってしまった。 「そんな? ありえない?」 神人は涼宮さんのストレスが無意識の中で実体化した物のはず、それが自然消滅するなんて事があるはずが……。 103 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 19 12 44.86 ID uEJYG+Qk0 ……ん、何か冷たい物が頬に……。 おぼろげな意識の中でそう感じた次の瞬間。 「起きなさい!」 俺の脳天に叩きつけられる何か。衝撃と共に目に入ってくる光景は……。 部室か。 「あんたまだ寝ぼけてるの? 岡部がめちゃくちゃ怒ってるんだからさっさと来なさい!」 座った俺の隣でハルヒが怒鳴ってる……って事は、そう言う事か。 「古泉君は先に行ったわよ。いい、あたしはちゃんと起こしたからね? まったく、古泉君と二人で部室で寝てる なんてあんた達なにしてたのよ?」 そうかい、そいつは悪かった。 でもお前のおでこが赤いのはなんでなんだろうな。 まだ意識ははっきりしないが、なんとなくどうなったかはわかるさ。つまり古泉はハルヒも含めて俺達3人が この部室で寝ていた事にしたって事だろう。そしてハルヒだけを起こしてやれば誤魔化せるって事か。 俺は世界の存続を祝いつつ、力の入らない体に活を入れようと腕をのばした。 あくびをしつつ、ふと気がつく。 ハルヒ。 「何よ。急がないと怒られるだけじゃ済まなくなるわよ?」 お前、何か俺にいたずらしたか? 何か頬が濡れてるみたいなんだが。 急にハルヒが俺に背を向けて扉に向かって走っていく、っておいハルヒ? 「しっ知らない!」 バタン! ……そう言い残してハルヒは部室から出て行ってしまった。 ……なんなんだ? あいつは。 涼宮ハルヒの失踪 終わり その他の作品
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/268.html
今日は週に1度の不思議探索の日。俺は普段通り集合時間の30分前には到着する予定で歩いている。 そのとき突然ハルヒからの電話があった ハ「今日は中止にして。あたし熱出しちゃったから。みんなにはあんたから言っておいて・・・」 集合場所に着くと、やはりみんなもう着いていた。 キ「今日はハルヒが熱出したから中止だ。さっき電話があった。」 長「・・・そう。」 朝「涼宮さんは平気なんでしょうか・・・」 キ「どうでしょう。元気の無い声してましたけど、電話できるくらいなら平気だと思いますよ。」 古「・・・わかりました。それではこのまま解散でよろしいですか?」 古泉はこういうときだけ副団長の役割をしていると思う。 キ「いいんじゃないか。長門も朝比奈さんもいいですよね?」 朝「あ、はい。」長「・・・いい。」 古「それでは解散ということで。」 朝「あ、キョン君。涼宮さんのお見舞いに行ってあげてくださいね。」 キ「はあ・・・でもそれならみんなで行った方が・・・」 朝「みんなで行ったら迷惑になりますから。」 長「・・・貴方一人の方がいい。」 おいおい長門まで・・・ 古「僕もそのほうがいいとおもいますよ。」 古泉、お前もか。 キ「ふぅ・・・行くだけ行ってみるか。」 俺一人が行こうがみんなで行こうが迷惑なのは変わらないようなきがするんだが。 そう思いつつもハルヒに電話をした。 キ「よう。元気か」 ハ「元気じゃないわね、熱が出たって言ったの聞いてなかったの?」 キ「聞いていたとも。今から見舞いにいくからおとなしくしてろよ。」 ハ「ちょっ、キョン!!こ、こなくて(ry」 俺はハルヒが何か言う前に電話を切っていた。ピンポーン。 キ「よう。ハルヒ。・・・何でそんな格好してるんだ?」 ハルヒはこれから出かけるのではないかというような格好をしていた。 それも額に冷却シートをはったまま。 ハ「だ、だって、急にキョンがくるなんていうから・・・///」 キ「それは・・・悪かった。そんなことより起きていていいのか?」 ハ「あんたがチャイムならしたからわざわざむかえにk・・・」 クラッとハルヒは倒れかかった。 俺はハルヒを両手で支え、 キ「おっと、そんな格好してるからだぞ。熱が出てるときぐらいパジャマで布団に寝てろ。」 ハ「わかったわよ・・・でも、起き上がれそうに無いの。」・・・ってことはこのまま運べと? キ「本当か?うそなんてこと無いか?」 ハ「本当に体が重いの。」俺は仕方なくお姫様抱っこのままハルヒの部屋まであがった。 そのときのハルヒの顔は終始真っ赤だった。 ハルヒに聞いてみると「熱だから仕方ないのよ。」 まぁ俺の顔も赤くなっていたことは秘密だ。 ハルヒの部屋は初めてではないが、女の子の部屋っていうのは入るたびに緊張するものだな。 ハルヒをベットに寝かせた後俺はその辺に腰掛けた。 キ「ハルヒ、大丈夫か。」 ハ「大丈夫じゃないわ。こんな格好してるし、さっき無駄に声出したから。」 キ「じゃあそのまま寝てろ、やって欲しいことがあるなら聞いてやるから。」 ハ「・・・ありがと。」 ハルヒは俺に聞こえるか聞こえないくらいの声でそういった。 だが俺にはちゃんと聞こえていた。こういうときのハルヒはものすごく可愛い しかし、可愛いと思えたのもつかの間。とんでもないことを言ってきた。 ハ「ねぇ、キョン。///」 キ「なんだ?」 ハ「この服着替えさせてくれない・・・//////」 キ「ぶふぅ!! やって欲しいことがあるならやってやるといったが、それはないだろ・・・///」 ハ「だ、だって・・・この格好じゃ寝にくいじゃない・・・/////」 キ「でもな、ハルヒ。俺がやるってことは ハ「じゃあいいわよ。」 そういってハルヒはそのまま俺に背中を向けて寝てしまった。 キ「・・・ハルヒ。悪かった。でも流石に俺にはそれはできない。他のことなら聞いてやれるから・・・機嫌直してくれ。」 そういうとハルヒはこっちを向き、 ハ「じゃぁ、しばらく手握ってていい・・・////」 キ「そ、それなら・・//////」 俺はそのままハルヒが寝付くまでずっと手を握っていた。 一生その手を離したくないと思いながら・・・ おわり
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「ただの人間には興味がありません。この中に宇宙人、未来人、超能力者、異世界人がい たら、あたしのところに来なさい。以上!」 と、受験勉強のストレスから開放されて無事に高校生となり、その初日の挨拶で涼宮ハ ルヒが、かなり電波ゆんゆん……もとい、個性的な自己紹介をしてクラス全員をドン引き させたその日も、今では遠い昔のこと。 その後に続く宇宙人とのファーストコンタクト、未来人との遭遇、地域限定超能力者と の出会いを経てオレが巻き込まれた事件も──時には死にそうな目にあったが──今では いい思い出さ。 そう、すべては思い出になった。 結局、ハルヒの能力は完全になくなりこそはしなかったが、安定の一途を辿り、よほど のショックを与えない限り発現することはないらしい。だから、何かが終わったわけでも なく、何かが始まったわけでもない。結局、非日常的なことはオレたちSOS団にとって 日常的なこととなり、日々はただ流れた。 それぞれの今の状況を、軽く説明しようか。 長門はハルヒ観測の役目がまだ続いているのか、あいつと同じ大学に入学した。ただ、 一人の人間として生きる道も与えられたのか、将来は国会図書館の司書を目指している風 だ。あいつが公務員になるのは、どうも想像できないね。 朝比奈さんは未来へ戻った。いや、明確な別れの言葉を受け取ったわけではないから、 まだちょくちょくとこの時間帯にやってくることはあるようだ。ただ、その風貌は高校生 時代にオレを助けてくれた朝比奈さん(大)に通じる雰囲気となり、過去のオレたちを助 けるために過去と現在と未来を行き来していることだろう。 古泉は若き学生起業家だ。オレと違って頭のデキがよかったのか、それとも『機関』の 後ろ盾があったからなのか、IT関連でそこそこの業績を残している。無論、ハルヒの能 力が完全に消えたわけではないので、地域限定の超能力は健在。年に1回か2回は《神人》 退治をやってるようだが、昔ほどの重圧ではなくなったと言っていた。 そしてハルヒは、何を思ったのか考古学の道を目指して勉学に励んでいる。曰く「歴史 に埋もれた世界の不思議をすべて解き明かすのよ!」と息巻いていたが、まぁ、昔に比べ ると現実的というか、地に足が着いた意見というか、あいつも大人になったということか。 かくいうオレも大人になり──といっても、何が子供で何が大人なのか、その境界線が はっきりしないまま年齢ばかりが上書きされて──今では一人で暮らしている。残念なが ら、ハルヒと同じ大学ではない。 都内の三流……とまでは言わないが、決して一流とも言えない大学に通い、地元での知 り合いとも離れ、オレはオレで我が道を進んでいる。今ではこっちでも知り合いが出来た。 ただまぁ……艶っぽい話は何もないがね。 決してハルヒたちと一緒の道に進むのがイヤだったわけではない。かといって、是が非 でも一緒に進もうと思っていたわけでもない。なんだかんだと、ハルヒたちと過ごした三 年間は楽しかった。ただ、楽しかったからこそ距離を置いた。何故そうしたのかは、オレ がただ単に天の邪鬼だからかもしれないし、ハルヒがオレと距離を置くことを望んだから、 かもしれない。 その切っ掛けはたぶん……いや、間違いなく高校の卒業式だろう。各々の進路も決まり、 オレとハルヒが離ればなれになることが確定事項となっていたその日のことを、オレは今 でもはっきり覚えている。 ……………… ………… …… 形式通りの卒業式が終わり、女子生徒は別れに涙し、男子生徒は三年間恨み続けた教師 にどうやってお礼参りをしてやろうかと話し合う中、オレは毎日の放課後に通っていた文 芸部部室に向かっていた。誰かに呼ばれたわけでも、何か目的があったわけでもない。た だ、今日がこの道を通る最後の日だと思うと、やや感傷的にもなる。 いつもより遅い足取りで部室へ向かい、扉を開けると「あんたも来たの?」と、ハルヒ 一人だけがそこにいた。 「姿が見えないと思ってたが、ここにいたのか」 「そりゃあね、団長たるあたしが高校生活最後の日に、ここへ来るのはあたりまえじゃない」 「おまえでも感傷的になってるってわけか」 「おまえで『も』は余計ね」 パイプ椅子を引っ張り出し、オレは腰を下ろす。ハルヒはオレと2~3会話を交わした だけで、あとは黙って外を見ていた。耐えようがない沈黙、というわけでもないが、いつ も沈黙を守り続ける長門がそこにいるような、落ち着いた気分にもなれない。 オレの視線は自然とハルヒの後ろ姿に向けられていた。 「ねぇ、キョン」 オレの視線に気づいたのか、それとも沈黙に耐えられなくなったのか、ハルヒの方から 呼びかけてきた。「なんだ?」と返事をするも、こちらに目を向けようとはしない。 「あんた……だけじゃないけど……あたしに隠れて、いつもこそこそ何をしてたの?」 その言葉は、何の話だと惚けられるほど軽いものではなかった。はっきりすべてを知っ ているわけではないが、何かある、と勘の良いこいつは見抜いていたんだろう。 「何って……未来人と一緒に時間旅行をしたり、宇宙人と脅威の謎生物と戦ったり、超能 力者と悪の秘密結社を叩き潰したり……かな」 すべて本当のことだが、オレは努めてふざけ調子でそう言うと、窓の外に顔を向けてい たハルヒは、顔半分を振り向かせてオレを睨んできた。 「……それ、本気で言ってる?」 「本気か冗談か、どっちだと思う?」 「……言いたくないってわけね」 古泉の真似をして、オレは肩をすくめてみせる。出会った当初なら襟首掴まれて締め上 げられるところだが、今ではすっかり丸くなったもんだ。はぁ、っとため息をついて、オ レの方へしっかりと向き直った。 「ま、そういうことにしといてあげる。あたしも……この三年間、楽しかったしね」 どこかメランコリックな表情を見せるハルヒに、オレは気になることを聞いてみた。 「SOS団はこのまま解散か?」 SOS団を作ったのはハルヒだ。だから、解散させるか存続させるかを決定するのは、 ハルヒの役目だ。オレたち団員は……ま、従うだけさ。 「まさか。あんたたちは、あたしの忠実な下僕なの。呼んだらすぐに集まらないと承知し ないわよ。特にあんたは、一番遠くに行っちゃうんだし。遅刻したら、罰金だからね」 ハルヒはオレたちとの繋がりを断ち切ろうと思ってはいないらしい。ただ、それが未来 永劫続くとも思っていなかったんだろう。いつもは語尾にエクスクラメーションマークが 似合うのに、その日に限っては言葉に力がない。 「悪しき慣習のおかげで、罰金に対する免役がついたからな。あまり強制力はないぜ」 「あら、学生レベルと同じと思わないほうがいいわよ?」 「大学生も学生だろ」 「くだらない言い訳なんて、みっともないわ」 「まぁ……努力はするさ」 「そうね、あんたが一番頼りないんだから、努力してよね」 ああ、とオレが返事をすると、再び沈黙が訪れた。 残念ながら、そのときのオレには自分からハルヒに振れるような話題の持ち合わせはな かった。語るべき言葉はこの三年間で散々出尽くしたし、今更言うべき言葉など、何もない。 「んじゃ、オレはそろそろ行くよ」 「……ああ、そうだ。あんたに言うことあったの、忘れてたわ」 腰を上げたオレに向かって独り言のように、本当にたった今思い出したことのように、 ハルヒが口を開いた。その言葉にオレへの呼びかけがなければ、そのまま出て行きそうに なるくらい、本当にどうでもいいような口調だった。 「あたし、あんたのこと好きよ」 はにかむような甘酸っぱさも、照れるような奥ゆかしさもなく、それが世界の常識だか らただ告げただけのような──これと言った感情の機微もなくハルヒはそう言った。 だからオレは、すぐに何か言うことができなかった。驚きもしなかったし、嬉しさも感 じなかった。心の中がざわつく感じもなければ、浮かれることもない。そのことを予め知 っていたかのように、極めて冷静に返事をしていた。 「いつから?」 「ずっと前から。SOS団を作ったときからかしら」 「それを今、言うのか」 「今だからよ。昔、言ったでしょ? 恋愛感情なんて一時の気の迷い、精神病みたいなも んだって。でも三年間、その気持ちは消えなかった。三年経っても消えないなら、それは あたしの純粋な気持ちってことでしょ? ナチュラルなものなの。それを確かめるのに必 要な時間が、あたしには三年必要だっただけ。だから、今」 「オレは……」 「ああ、あんたの気持ちなんていいわ。ただ、あたしがそれを言いたかっただけだから… …三年間、ありがとう」 ──ありがとう、か。こいつの口から感謝の言葉が出てくるとはね、青天の霹靂ってヤツだ。 握手でも求めているかのように、ハルヒが手を突き出してきた。こんなしおらしく、け れどどこかサバサバとした表情は初めて見る。三年間、片時も離れずハルヒを見てきたつ もりだが、オレでもまだ知らない顔があったのかと──そんなことを思う。 オレは握手を求めるハルヒの手を握るべきかどうか、迷った。手を握り合うようなこと は、この三年間で幾度となくあったが、今はどこか照れる。 それでも、心を決めて手を差し伸べようとポケットから取り出すと、ぐいっとハルヒの 方から掴んできて力任せに引っ張られた。 相変わらずの馬鹿力め。不意打ちとは言え、男をぐらつかせる力を出せるのは、おまえ くらいなもんだ。だから……今こうしてオレの唇とおまえの唇が触れ合ってるのは、おま えのせいなんだぞ。 「じゃあね、キョン」 短いキスのあと、ハルヒはこの日初めて、笑顔を浮かべた。何かを吹っ切ったように、 どこか切なそうに。 それが──高校時代にオレが見た、最後のハルヒの姿だった。 …… ………… ……………… そして三年の月日が流れ、今に至る。あれからオレは、ハルヒに会っていない。あの日 の部室であいつは呼び出すようなことを言っていたが、実際にはそんなことはなかった。 かといって、まったく疎遠になってるわけでも……なってるのかな。卒業直後はメール のやりとりを、それこそ毎日のように行っていた。ただ今はそれほど頻繁なわけではない。 週に1~2通。タイミングが悪ければ、月1だっておかしくない。 それは互いにやるべきことが出来たからだし、互いの人生を歩み始めたからだ。人はそ れぞれ歩むべき道があり、オレとハルヒは高校を卒業すると同時に道が分かれた。 ただ、それだけ。それだけだと思っていた。 その日の朝、電話が鳴るまでは。 五月のゴールデンウィーク明け、妹が東京見物と称してオレのアパートを占拠していた 嵐が昨日でようやく通過したその日の朝のことだ。寝不足続きで昏々と眠り続けていたオ レは、間断なく鳴り続ける携帯の着音で無理矢理たたき起こされた。 乱雑に放り投げてある携帯に手を取り、不機嫌極まりない心持ちで通話ボタンを押す。 画面に映っている着信履歴を見なかったのは、一生の不覚と言えるだろう。 「はい、どちらさん?」 『も──し、み──です』 不機嫌極まりない声で電話に出たオレは、相手がすぐに理解できなかった。寝惚けてた ってのもあるだろう。昼夜逆転生活を余儀なくされたため、寝酒をかっくらったせいもあ る。おまけにアパートの立地が悪いので、よく電波が途切れることも原因のひとつに上げ ておこう。 「あ、誰だって?」 寝不足に苛々も相まって、最初より口調がきつくなってたかもしれない。布団から抜け 出して窓際まで移動しつつ、早朝から電話をかけてきた不躾な相手に、オレはつっけんど んに聞き返していた。 『ひゃうっ。あ、あの……朝比奈みくるです。えっと、今大丈夫ですか?』 「え?」 オレは携帯を耳から離し、着信相手の番号と名前を見た。ここしばらくご無沙汰だった 朝比奈さんの番号で間違いない。一気に目が覚めるとともに、思わず青ざめたね。 「あ、ああ、大丈夫です。すいません、電波状態がよくないもので」 『それより、今日って何日ですか?』 なんだそれは? というのが、正直な感想だった。気分を害されたんじゃないかと思っ た、オレのピュアな気持ちをわずかばかりでも返していただきたい。 こうして朝比奈さんと会話をするのも、実に久しぶりだ。過去と未来を行き来している 彼女には、こちらから連絡を取る手段がない。やんごとなき事情があるときは、彼女がこ の時間で借りているマンションにレトロな手紙を送っておくしかない。どうしても朝比奈 さんからの連絡待ちになってしまうんだ。 「なんですか、それ?」 『今、キョンくんって東京のアパートですよね? あたしの勘違いならいいんですけど… …今日、五月のゴールデンウィーク明けですよね?』 「そうですね、それで合ってますよ」 ちらりとカレンダーに目を向けて、妙な確認を取ってくる朝比奈さんの言葉を肯定する。 時間旅行を続けていて曜日感覚がおかしくなった、なんてことは、昔の朝比奈さんなら十 分ありえるんだが……今もそうなんだろうか? 『キョンくん、不躾な質問でゴメンだけど……そこに今、涼宮さんいる?』 「え、ハルヒ……ですか?」 なんでそこでハルヒなんだ? 「いませんよ」 『ええええええっ!』 ガラスさえもぶち破りそうな超音波に、オレは咄嗟に携帯から耳を話した。なんなんだ、 いったい? 「どうしたんですか?」 『あ、あの、キョンくん、今日はどこにも行っちゃだめですよ! すぐに連絡しますから、 そこで待っててください!』 「それはいいですけど、」 ちゃんと説明してください、と言わせて貰えずに通話は切られた。 唐突に電話をしてきたかと思えば、意味不明な切り方。まったくもって朝比奈さんらし くない。高校を卒業してからは、唐突な行動が確かに増えていたが、それもすべて過去に オレが体験したことと合わせてみれば納得できる範囲のもの。 けれど今日の電話だけは、あまりにもらしくない。いや、今の朝比奈さんらしいと言え ば、らしい行動か。オレが高校時代に会っていた朝比奈さん(大)と同じような、秘密を 隠している『らしさ』だ。 ──また何か起きたんだな…… と、オレは朧気ながらに考えた。けれど今はもう、オレがしゃしゃり出るようなことも あるまい。ハルヒ中心のドタバタ騒ぎは幕を下ろし、あまつさえオレとハルヒの道は分か れてしまった。今のオレにできることは、昔話を語るくらいさ。 そんなことを薄ぼんやり考えていると、また携帯が鳴った。今度はちゃんとディスプレ イに目を通す。朝比奈さんだ。 「もしもし?」 『今からそっちに、えっと、たぶん古泉くんが行くと思います。合流したら、すぐこっち に来てください』 まるで高校時代のハルヒからの電話みたいだ。定型文の挨拶すらなく、朝比奈さんは電 話口で一気にまくし立てた。 「古泉ですか? なんだってあいつが、」 『あたしは長門さんと一緒にいますから、詳しくは合流してから。キョンくん、待ってま すから、必ず来てくださいっ』 がちゃり、と切れた。もうちょっと甘い話をしませんか、朝比奈さん。 なんて感傷に浸る間もなく、呼び鈴が鳴らされる。このまま布団の中に潜り込んで夢の 世界に旅立とうかとも思ったが、朝比奈さんたっての願いとあればそうもいくまい。 「ご無沙汰してます」 「早かったな」 久しぶりに見る古泉は、学生時代に散々見せていた笑みを潜めていた。せっかくの再会 だ、作り物でも笑みを見せてくれたっていいだろうに。 「笑っていられる状況ならばそうもしますが、今は緊急事態なもので」 「緊急事態だって?」 こいつが緊急事態ということは、近年希にみる巨大な閉鎖空間でも出来たか? そうだ ったら、ここ最近のことを考えれば緊急事態だな。けれど何故、今になってオレを引っ張 り出すんだ。そもそもオレを巻き込む理由なんてあるのか? 「朝比奈さんから何も聞いていませんか? ともかく、時間が惜しいのですぐに行きますよ」 「寝起きなんだよ、顔くらい洗わせてくれ。つか、いったいどこに行くんだ?」 「里帰りです」 言うや否や、古泉はオレの腕を鷲づかみにすると部屋から引っ張り出し、そのままコイ ツの車の中に押し込められた。さすが社長さん、ン千万クラスの高級スポーツカーとは恐 れ入る……って、そんなことはどうでもいい。何なんだ、この強引な展開は? 「オレの都合も考えろよ! 何なんだ……わかるように説明してくれ」 ここがサーキットだとでも言いたげなドライビングで車をかっ飛ばす古泉に、オレは舌 を噛みそうになりながら問い質す。ハンドルを握る古泉は、ちらりとオレを一瞥した。 「あなたの都合を尊重したいのは山々ですが、これでも僕はあなたの友人の一人であると 考えているもので。友人の未来に関わることであれば、放っておけませんよ」 「オレの未来? なんだそりゃ」 「未来について、僕は専門外です。適任者に詳しい話を聞いてください」 それっきり口を閉ざして、車は高速道路を150キロオーバーで突き進む。途中休憩一 切なしで、オレは懐かしの故郷に足を踏み入れた。 あまりの急展開だが、見慣れた景色を眺めると妙に落ち着く。懐かしさと切なさが鳩尾 あたりでぐるぐる回る。東京に出て三年、一度も戻ってきてなかったから、その思いはひ としおだ。 そんな懐郷の念に浸っているを置き去りにして、古泉が運転する車はさらに懐かしい場 所へオレを運んだ。長門のマンションだ。あいつ、まだここに住んでたのか。 昔はオレの役目だったが、今日に限っては古泉が長門の部屋のキーナンバーを入力して 呼び鈴を鳴らす。がちゃり、と音がして部屋主が通話ボタンを押したことを知らせるが、 声は聞こえない。 「長門さん、僕です。彼も連れてきました」 そう告げると、カチッと音がしてエントランスの鍵が外される。通話を終わらせた古泉 は、そのままマンションの中に入っていった。無論、ここまで連れてこられたオレだ、逃 げるわけもなく後に続いた。 見れば思い出すマンションの廊下は、体がしっかり覚えているもので、七階に上がって 長門の部屋前まで足が勝手に動く。玄関の横にある呼び鈴を鳴らすと、鍵を外して部屋主 が現れた。 「……長門か?」 正直、驚いた。朝比奈さんの成長した姿は高校時代に何度も見ているから、驚きはない。 古泉は昔とそれほど変わってないし、野郎がどう変わろうが興味はない。 けれど長門に関しては別だ。宇宙人という特性があるとは言え、女性であることに変わ りない。女性なんてのは、高校生と大学生ではがらっと印象が変わる。少女から女性にな るとでも言うのか、カワイイから綺麗に変わるもんだ。 今の長門は、まさにそれだ。細かい部分で昔のままだが、ナチュラルメイクに控えめな がらも髪をセットして、さらに身長もオレの肩くらいまで伸びて、おまけに女性らしい体 型になっていれば、そりゃ驚きもするさ。まだ成長期真っ只中だったことに、だけどな。 「……なに?」 オレの不躾な視線に気づいたのか、長門が小首をかしげる。 「いや、綺麗になったなと思ってさ」 こんな恥ずかしいセリフがすらっと出てくるのも、オレが大人になった証拠かね。 長門はその言葉を受けて睨み……いや、照れた視線と自己解釈しておこう。何も言わず に身を引いて、オレと古泉を部屋の中に招き入れた。 部屋の中は、昔に比べて生活感ある風景になっていた。それでもオレのアパートに比ら れば少ないが、生活してるなぁ、と思えるくらいには荷物が増えている。 そんな中に、朝比奈さんはいた。 コタツの前で正座して、握りしめた両手を膝の上に置き、差しだされたお茶に手をつけ た風もなく俯いている。どこかで見たことある格好だな、と思えば、オレがバイトしてい る喫茶店の女の子が店長に怒られて落ち込んでいる、そんな格好にそっくりだ。 「あ……キョンくぅ~ん」 オレと古泉に気づいて、朝比奈さんは顔を上げるや否や泣き顔になった。あまりの懐か しさにうれし泣き……って感じじゃないことは断言できる。 「ご、ごめんね、キョンくん。あ、あたし……ひっく……こ、これでも、い、一生懸命が ん、がんば……うぅ……頑張って勉強し、して……うくっ……き、禁則事項も少なく…… ひっく……な、なったんだけど……」 済みません、朝比奈さん。泣き声が混じっていて要領を得ないんですが。 困り果てたオレは頭をかいて、泣きじゃくる朝比奈さんに触れるか触れないかという力 加減で抱きしめた。あいにく古泉に無理矢理アパートから引きずり出されたもんでね、ハ ンカチの持ち合わせはないんだ。かといって、常日頃から持って歩いてるわけじゃないが。 「朝比奈さん、落ち着いてください」 「あ、あの……」 泣きやんだ朝比奈さんは、オレの腕の中で驚いているようだ。高校時代じゃ、とてもこ んな真似はできなかっただろうな、なんてオレでも思う。けれど泣きじゃくる相手には、 それ以上のショックを与えて泣きやませるのが一番なんだ。妹やイトコ連中を相手に、オ レはそれを学んだね。 「大丈夫ですね。それで、何があったんですか?」 やや名残惜しい気もするが、朝比奈さんを離してその目を見つめる。潤んで赤い瞳が魅 力的だが、次に出てきた言葉はオレの溢れる恋慕を根こそぎ奪い取るに十分な威力を秘め ていた。 「はい……あの、時空改変が行われています」 くらりと来たね。 正直、すぐには理解できなかったさ。久しぶりに聞くトンデモ話だ。平凡な日常生活を 送っていたオレに、おまけに文系のオレに、科学的な匂いが漂う話をすぐに理解できる頭 脳の持ち合わせなんてあるわけがない。 そもそも──時空改変だって? それはあれか、オレが高校1年の時に遭遇した、長門 が引き起こしたあれのことか? 「そう」 今から六年前に事を起こした張本人が、オレの問いかけを肯定する……と、今の言い方 はちょっとひどいな。何がひどいかはわからんが、ひどい気がする。ただ、オレも急な話 で混乱してるんだ。そこはわかってくれ。 長門は頷き、説明してくれた。 「今回の改変は劇的な変化はない。緩やかに、誰にも気づかれず行われた。わたしは現在 もいかなる時間帯における自分の異時間同位体との接続コードを凍結している。そうでな ければ気づいたかもしれないが、手遅れ」 「手遅れって……そもそも、何がどう改変されているんだ? オレには何も変わってない ように思うんだが……」 「そうです。だから、今まであたしも気づかなかったんです。でも今日、あたしが知って いる未来とは決定的に違うことが起きているんです」 落ち着きを取り戻した朝比奈さんが、長門の説明の後に続く。未来のことに関しては、 やはりこの人に聞くしかない。 「その違いって、何ですか?」 「今日は、あたしが知る限りでは、キョンくんと涼宮さんが入籍する日なんです」 …………。 いや、うん。正直、今の瞬間に意識がぶっ飛んでたね。マンガ的表現をするならば、口 から魂が抜け出たイラストがピッタリ当てはまるだろうさ。 なんだって? オレとハルヒが入籍? そんなバカな。 そもそも、それが本当の話だったとして、オレとハルヒの入籍が今日じゃないから時空 改変されてます、って考えるのは短絡的じゃないか? 前に朝比奈さんも言ってただろう。 時間の流れはちょっとした歪みなら修正されると。朝比奈さんが知る未来と微妙にズレて いるからって、そこまで話を飛躍させるのはどうなんだ? 「そうです。ちょっとした時間の歪みなら、確かに修正されます。でも……キョンくんと 涼宮さんの結婚は、そんなちょっとした歪みじゃないんです」 「……どういうことです?」 「えっと……それは今のあたしでも禁則事項です。でも、キョンくんと涼宮さんの結婚は とても重要なことなんです。あたしが知る未来のためにも、この世界のためにも」 未来のため、世界のためか。これは……そうだな、今だからこそ言うべきか。言ってお かなくちゃならないだろうな。 「朝比奈さん、正直なことを言いますが、オレはハルヒと結婚することに文句はありませ ん。ただですね、オレもどうせ結婚するなら、自分が惚れ込んで、相手もオレのことを好 きでいてくれる女性と結婚したいんです。誰でもいいってわけじゃありません。朝比奈さ んは、周りから『こいつと結婚しないと世界がおかしなことになるぞ』って言われて、結 婚できますか?」 「それは……」 「それにですね、もしここでオレが『実は朝比奈さんのことが好きです』とか『長門のこ とが好きなんだ』って告白したら、それでも朝比奈さんはオレに『ハルヒと結婚しろ』っ て言うんですか?」 オレの言葉に、朝比奈さんはまた、泣きそうな顔になった。その表情だけで、オレの言 いたかったことを理解してくれたんだと分かる。そう思う。 つまり、オレは世界のため、未来のためっていう大義名分で動くことは、もうできない。 ほかの連中と違って、オレは凡百な人間だ。正義の味方でもなければ、自己犠牲で得た 平和に感動できる純粋な心根の人間でもない。人並みに欲望もあって、人並みに臆病で、 人並みに安定した生活を望む、ただの人間なんだ。電車の中で目の前に年寄りがいれば席 を譲るが、戦争を止めるために平和維持軍に入隊できるヤツじゃない、ってことさ。 「そんな顔しないでください。困らせるつもりじゃないんです。ただ、分かって欲しかっ ただけなんですよ。もう、未来のためとか世界のためとかで自分を犠牲にできるほど、純 粋じゃないんです」 「確かにその通りですね。あなたの意見はもっともですし、何も間違っていませんよ」 そう言って頷き、古泉がオレの意見に賛同してくれた。こいつがそんな風にオレの肩を 持つとは意外だ。 そう思っていたんだが……。 「今の朝比奈さんの発言も、やや的を外していますしね。他のお二人がどのように考えて おられるのかわかりませんが……僕があなたをここへお連れするときの言葉を覚えていま すか?」 おいおい、人の記憶力を疑うような発現だな。たった数時間前の話を忘れるほど、ボケ ちゃいねぇよ。 「ならば安心です。こう考えてください。あなたと涼宮さんの結婚で世界の安定が得られ るのは、ことのついで……おまけみたいなものです。重要なのは、あなたが本来結ばれる べき人との未来が消失していることです。これはあなた自身にとっては人ごとではありま せんし、一大事ではありませんか?」 前口上が長いのは相変わらずか。何が言いたいんだ、古泉。 「友人のバラ色の未来が失われようとしているのです。それを救うのは当然でしょう?」 この野郎……何がバラ色の未来だ。ハルヒとの結婚が本当にバラ色だとでも思っている のか? あの天上天下唯我独尊の団長さまと四六時中顔を付き合わせることになるんだ ぞ。それのどこが幸せだって言うんだ。 「本当にそのようにお考えで?」 ええい、そのなんでも見透かしたような薄ら笑いはやめろ。 「……あのな、長門も言ったじゃないか。仮に、今の言葉がオレのごまかしだとしよう。 でも、もう手遅れなんだろ? 今回の時空改変を起こした張本人は、話を聞く限りハルヒ のようだが、過去に遡ってアイツに修正プログラムを打ち込んでも、もうダメなんだろ?」 「そう」 長門の言うことはいつも端的だ。余計なことを言わず、事実だけを告げる。こいつがダ メだというのなら、何をどうやってもダメなのさ。 「ほらみろ。どっちにしろ、」 「でも」 息巻くオレの出鼻をくじくように、長門は口を閉ざさなかった。 ……でも、だって? 「時空改変が行われたその時間に、楔を打ち込めば修正することは可能」 長門……それは全然ダメな状況じゃないぞ。まだ修正する可能性が残ってるじゃないか。 「ちょっと待て。何をどうしろって言うんだ?」 「今は正しき未来と謝った未来に道が分かれている状態。その分岐は緩やかだが、三年と いう月日を経て決定的な違いをもたらした。ならば道が分かれたその時間において、歪み をもたらした道に進まないよう正しき道へ楔を打ち込めば、三年の月日を経て正しい時間 軸に戻る可能性は高い。ただ──」 長門はそこで言葉を途切れさせて視線を宙に彷徨わせた。 「──道が分かれた時間がいつなのか、それはわたしにもわからない」 口を閉ざし、長門はオレをじっと見つめた。その視線は「あなたなら分かるはず」と言 わんばかりの目つきだ。 確かに思い当たるときはある。おそらく、間違いない。 ──高校卒業のあの日、ハルヒにキスされたその日…… あの日から、オレとハルヒの道は分かれた。オレはそう確信している。もしその日でな かったとしたら、他に思い当たる日はない。もし過去に遡るなら、その日以外にありえない。 そしてもうひとつ、悩まなければならないことがある。 長門は「楔を打ち込む」と言った。ならばその「楔」とは何を指すんだ? このまま過 去に遡ったとして、何をどうすればいいか分からないままでは、何もできないじゃないか。 「キョンくん、その時間に行きましょう」 と、朝比奈さんが悩むオレに向かってそう言った。 「あれこれ考えてちゃダメですっ! あたしたち、今までみんなで協力して何とかやって きたじゃないですか! 行動しなくちゃ、何も始まらないんですっ!」 そう……だな。ああ、確かにそうだ。昔からそうじゃないか。SOS団絡みの出来事は、 いつも訳も分からないまま巻き込まれて、それでもなんとかやってきた。今更あれこれ考 えるのはオレらしくない。 「今になって、ひとつだけわかったことがある」 はぁ~っ、とこれ見よがしにため息を吐いて、オレは目の前の三人を睨み付ける。出来 る限り、渋面を作ったつもりだ。 「SOS団なんておかしな団体に所属していると、どいつもこいつもお人好しになるんだな」 それなのに、朝比奈さんや古泉は言うに及ばず、長門でさえもわずかに微笑んだように見えた。 どさっと、それこそ尾てい骨が砕けるような勢いで地面にへたり込むのは、男二人の役 目。方や女性二人は慣れたもので、けろりとしている。 ここは、いつの日だったか朝比奈さんと歩いた公園の常緑樹の中。今がいつなのかすぐ にはわからないが、長門のマンションの中からこんなところに移動しているとなれば、時 間遡航に成功したのだろう。これがただの瞬間移動だとしても驚異的だがね。 「いやあ……話には聞いていましたが、これほどの衝撃とは思いませんでしたよ」 どうやら古泉もオレと同じ感想を持ったようだ。 時間旅行の目眩。嘔吐寸前までに世界がぐるぐる周り、目を閉じていても光が瞬く感じ は、極悪な代物と断言しても生ぬるい。どうしてこんなのが平気なのか、朝比奈さんにじ っくり聞いてみたいもんだ。 「というか、なんでおまえや長門まで着いてくるんだ? オレと朝比奈さんだけで十分だろ」 「せっかくの機会ですからね。時間旅行というものをやってみたかったんですよ。あなた の邪魔をするつもりはありませんので」 邪魔するとかしないとか、そういう問題じゃないないだろ。そもそも朝比奈さん、いつ からそんな適当になったんですか。 「朝比奈さんを責めるのは酷というものです。僕と長門さんはその辺りで時間を潰してい ますから、お役目を果たしてきてください。よろしいですね、長門さん」 「……わかった」 何がわかったんだ長門。わかるなよ長門。おまえまで古泉みたいに時間旅行を楽しみた かっただけってのか? おいおい、いろいろ変わったな、おまえら。 「それではまた、後ほど」 敬礼のような挙手で挨拶をすると、古泉と長門は人気が途絶えた頃合いを見計らって、 公園の外に姿を消していった。 「いいんですか、あれ……」 「今日は……えっと、特例です」 特例って……朝比奈さんもいろいろ成長したもんだ。昔は禁則に次ぐ禁則で思ったこと も言えず、訳も分からないまま巻き込まれて泣いていたのにな。高校時代の庇護欲をそそ る愛くるしさが懐かしいぜ。いやまぁ、今もそうと言えばそうなんだが。 「今、いつの時代の何時ですか?」 古泉と長門の奇行や、朝比奈さんの成長を見て感慨にふけっている場合じゃない。オレ が時間を聞くと、朝比奈さんは華奢な腕には似合わないゴツい電波時計に目を向けた。 「今はキョンくんたちが卒業した日の、午後2時を過ぎたころです」 その時間、オレは当時何をしていたかな……ええっと、ああそうか、ハルヒと二人で部 室にいて……キスされた時間か? もうちょっと前の時間かな。あのときは時間感覚が麻 痺していたから、よくわからない。 「朝比奈さん、ちょっと質問なんですが」 「はい、なんですか?」 「今回の時空改変は、どのタイミングで修正すればいいんでしょうかね? 前のときは長 門が変えた直後に戻したじゃないですか。今回もそんな感じですか?」 「えっと……前回のときはキョンくんを除いて、世界すべての記憶がその日を堺に塗り替 えられてましたよね? だからあのときは、改変直後でなければダメだったんです。でも 今回は緩やかな変化ですから……ゆっくりするわけにもいきませんけど、考える時間はあ ると思います」 考える時間か……。 「その時間ってどのくらいです?」 「ん~っと……そうですね、リミットは今日一日と思ってください。そうでなければ、あ たしたちが元時間に戻ったときに年齢がおかしなことになっちゃいますよ」 まだ時間がある、とわかっただけでも有り難いですよ。長門が言う「楔」とやらが何な のか、考える時間があるわけだからな。 とは言うものの、今回ばかりはすでにお手上げ状態だ。何しろ前回の時空改変では、最 初こそオロオロしていたが、後になって長門のヒントが出てきた。そのおかげで、オレは 役目を果たせたようなもんだ。 けれど今回は、そのヒントすらない。長門自身もどうすればいいのか分からないままの ようだ。数学者さえ頭を悩ませる難問に、小学生が挑むようこの状況を嘆かずにいられる か。おまけにその正解を見つけ出さなければ、世界は改変されたままってことになる。 「ごめんなさい、キョンくん……」 どうすべきか悩んでいたオレは、口数が少なくなっていた。そんなオレの態度を見て、 何を思ったか、朝比奈さんが頭を下げてくる。 「あたし、自分でも少しは成長できたかなって思ってたの。でも……やっぱりダメですね。 肝心なときに役立たずで」 おいおい、まったくこの人は、いったい何を言い出すんだ? 「それ、本気で言ってます?」 「……え?」 「今回のことに気づいたのも、この時間まで戻ってこられたのも、朝比奈さんのおかげじ ゃないですか。おまけに今は、過去のオレたちを助けてくれているんでしょう? 言葉じ ゃ言い表せられないくらい感謝してますよ。もっと自信をもってください──なんて、オ レに言われても慰めになりませんよね」 「そ、そんなことないですっ! あたし、ずっとキョンくんに迷惑かけっぱなしだったか ら……だから、そう言ってもらえると、すっごく嬉しいです」 真剣そのものの目で、胸の前で両手を握りしめて朝比奈さんはそう言った。 そうそう、泣き顔よりも真剣な顔、真剣な顔よりも笑顔があなたには一番似合いますよ。 ……そういえば。 ハルヒはいつも、どんな顔で笑っていたかな。出会ったころは怒ってばかりだが、SO S団を作ってからはよく笑うようになった。時にふてぶてしく、あるいは生意気そうに。 それでも最後はマグネシウム反応のような眩しいくらいの笑顔を浮かべていたな。 ……何か違和感があるな。なんだろう、この感覚は。完成したはいいけれど本来の絵と 違うジグゾーパズルが出来上がったような気分だ。 何かしっくり来ない。どこかおかしい。これはいつの時代に感じた違和感だ? 「……ああ、そうか」 我知らず、考えが唇を割いて漏れる。 あのときか。あの日の笑顔か。それが今に繋がってるっていうのか? 「どうしたんですか?」 思案に暮れるオレに向かって、朝比奈さんが不思議そうに声を掛けてくる。それでもす ぐには返事をせず、しばし考えていたオレは……やはりその考えしか思い浮かばない。思 い込みかもしれないし、間違いないと断言できる根拠もない。それでも今のオレに与えら れた情報だけでは、それくらいしか解答を導き出せない。 「朝比奈さん、もうハルヒのトンデモ能力は落ち着いているんですよね? 今のオレがあ いつに会うのはアリですか?」 「え……っと、涼宮さんの能力が減退しているのか、それともただ安定しているだけなの かによりますけど……あ、でも、今日の夜に涼宮さんは誰かと会ってますね」 「それがオレですか」 「たぶん……ごめんなさい、この日の涼宮さんの行動は一通り把握しているけれど、今回 の出来事はあたしも初めて体験することだから、確信めいたことは何も言えないの」 「ハルヒの行動がわかるだけでも有り難いですよ。それで、ハルヒが誰かと会っているっ ていうのは、何時頃の話ですか?」 「夜の……えっと、9時ごろですね」 「夜の9時?」 果て……? なにやら身に覚えのある時間だな。 「場所は公立の中学校……涼宮さんが中学時代を過ごした学校の校庭です」 ああ、なるほど。そういうことか。だからオレはまた、巻き込まれているのかね。 公立中学の校庭で夜の9時といえば、七夕の校庭ラクガキ事件の日と同じ場所、同じ時 間じゃないか。ハルヒにとってもうひとつの思い出の場所で待ち合わせする相手といえば、 一人しかいない。オレのことだが、オレじゃないヤツだ。 まだまだ活躍しなきゃならんらしいぞ、ジョン・スミス。 「その時間、ハルヒは自主的に中学まで行くんですか?」 「どうでしょう? 時間の流れがノーマライズされたものであるのなら、涼宮さんが出か けることは規定事項です。ですが、今は異常な時間なわけですから……」 この状況で、危ない橋を渡る賭け事をするほど、オレはギャンブラー気質じゃない。だ ったら素直に呼び出しておいて、憂いを払っておいたほうが無難か。 「朝比奈さん、この時代で今のオレが買い物するってのは大丈夫なんでしょうか?」 「えっと……この時間の経済を大きく左右するような買い物でなければ問題ないですけど、 何を買うんですか?」 「レターセット……かな?」 「え?」 頭の上にクエスチョンマークがふよふよ浮かんでいる朝比奈さんに、オレは肩をすくめ てみせた。 「未来人が過去とコンタクトを取るのは、手紙がお約束なんでしょう?」 色気のない封筒に、味気ない便せんを使って「あの日の校庭にあの日の時間に来られた し。J・S」と素っ気なく書き記した手紙をハルヒの家に投げ込んだオレは、ぽっかり空 いたこの時間をどうしようかと考えていた。 そもそも9時にハルヒがオレと会うということになっているのなら、その時間帯付近に 時間遡航すればよかったんじゃないか。仮にオレが手紙を出すことも規定事項に含まれて いるのなら、その役目は果たしたんだ。余計な時間をここで過ごすより、約束の時間まで 跳躍できないものだろうか。 そう朝比奈さんに提言したのだが、却下された。 「何故です?」 「まだ、古泉くんや長門さんが戻ってきてませんから……」 そういやあの二人、いったいどこをほっつき歩いてるんだ? 勝手に着いてきて、事が 終われば呼べなん……あれ? 呼べって、どうやって連絡を取れと言うんだ? この時間 じゃ携帯なんて使えないだろうし、家に電話するなんてもってのほかだ。 「朝比奈さん、長門や古泉とどうやって連絡取るんですか?」 「え? え~っと、それは……」 何気ない質問のつもりだったのだが、朝比奈さんは言葉を濁して腕時計に目を落とした。 何をそんなに時間を気にしているんだ? オレとハルヒの約束には、まだ5時間くらいは 余裕がある。それとも長門と古泉の二人と時間で待ち合わせでもしてたのか? あるいは、 時間的に気になることが他にあるとでも? 「朝比奈さん、二人がどこにいるか知ってるんですか?」 「あ、あの、別にそれは気にしなくても」 オレは再度、尋ねた。朝比奈さんは、明らかに動揺している。 ……裏があるのか。 何が特例だ。古泉と長門もこの時間帯でやることがあるから、着いてきたんじゃないか。 「あの二人はどこで何をやっているか、知っているんですね?」 「それは……えっと」 なんで口ごもるんだ、朝比奈さん。オレに言えないようなことを、あの二人はコソコソ やってるのか? だとすれば、長門が、というよりも古泉主導での企みか。あの二人の利 害が一致し、あまつさえ朝比奈さんさえも一枚噛んでいる画策。 それは今回の騒ぎのことか? まさか……今回の時空改変が狂言だとでも言い出すんじ ゃないだろうな? だってそうだろう。 オレは高校を卒業してから今日に至るまでの三年間、何かが変だと感じるようなことは 何もなかった。改変されたのか否か、と問われれば「ありえない」と答えるさ。ただ、未 来人たる朝比奈さんがそう言いだし、万能宇宙人の長門が肯定し、無駄に状況だけは把握 している古泉までも乗ってきている。 こいつらを知っているオレだ、そう言われれば信じるしかないじゃないか。もし三人が そろってオレを騙そうというのなら、オレは疑いもなく騙されるさ。 「だ、騙すなんて、そんなこと、」 わかってる。わかってるさ、朝比奈さん。古泉は……まぁ、おいとくとして、朝比奈さ んや長門がオレを騙す真似をするわけがないさ。だからこそ、なんだ。 「わかっているから、本当のことを話してくれって言ってるんです」 しばしの逡巡のあと、ふぅっ、とため息を吐いて、朝比奈さんはどうやら観念したらしい。 「キョンくんには、涼宮さんのことだけを考えていてもらいたかったんです。実は今、」 意を決して朝比奈さんが口を開くのと、それはほぼ同時に起こった。 瞬き一回分の刹那の瞬間に、周囲の景色ががらりと姿を変える。夕闇迫る朱色の空が、 雲一つない青空に変わり、堅いアスファルトの地面が足を取られそうな砂丘に変わる。 視界を奪うほどではないが黄土色の靄が辺りに漂い、平坦な空間がどこまでも続いている。 「ひゃうっ!」 朝比奈さんがオレに飛びついてきたが、オレだって何かに飛びつきたい気分だ。 なんだこれは? なんなんだ、いったい!? 「きょっ、きょきょ、キョンくん、ああの、あれ何ですかぁっ」 オレに縋り付く朝比奈さんが、オレの左手方向を指さして叫んだ。釣られて見れば、ガ キの頃にテレビでみた巨大ロボットのような巨体の、それでいてのっぺりした巨人が、両 手を鞭のようにしならせて暴れている。 まるで《神人》みたいじゃないか……って、ここは閉鎖空間なのか? なんでこんな所 にオレと朝比奈さんは引きずり込まれているんだ? 「こここ、こっち来てますよぉっ」 そんなこと、見ればわかりますって。 オレは朝比奈さんの手を取って、《神人》っぽい巨人に背を向けて走り出した。どこか に行けるわけでもないが、逃げ出したくもなるさ。とは言え、こっちが50メートル走っ たところで、相手は一歩でチャラにしちまう相手。どだい、逃げられるわけがない。 あっという間に距離を詰められ、降り注ぐ光を遮る影がオレと朝比奈さんを覆った。脳 裏に辞世の句が十個くらい浮かんだが、せめて朝比奈さんだけでも守りたい。 そう考えて、朝比奈さんを守るつもりで覆い被さって床に伏せた。そんなことをしても、 相手の質量を考えれば二人そろってぺちゃんこになることは分かっているさ。それでも、 そうしてしまうのは条件反射以外の何ものでもない。 間近で雷が落ちたように、空気が軋む。オレの体は空中に緩やかに放り投げられ……っ て、なんで放り投げられているんだ? どさり、と背中から地面に叩きつけられる。足下が柔らかい砂で助かった。受け身なん て取れるほど、機敏じゃないんだ。 機敏じゃないと言えば朝比奈さんは……と思って視線を巡らせると、地面に叩きつけら れる前にキャッチされてご無事のようだ。 「古泉……」 憎々しげに、あるいは感謝を込めて、オレは朝比奈さんを抱きかかえている微笑みエス パーを睨み付けた。 「言いたいことや聞きたいことは山のようにあるが、とりあえずは朝比奈さんを無事に守 ってくれてありがとう、と言ってやる」 「その言葉を聞いてホッとしました。てっきり、怒られるものだと思っていたので」 「怒るのはこれからだっ! なんだこれは? いったい過去まで来て、おまえと長門は何 をやってんだ! ここがどこで、なんで《神人》っぽいのが暴れているのか説明しろっ!」 怒鳴り散らすオレに、古泉は抱えていた朝比奈さんを下ろして肩をすくめた。 「残念ですが、あまり説明する時間はありません。ここは特殊空間ですから、本来の時空 間と時間の流れが違っていまして。あまりあなたをここに引き留めるわけにもいかないん ですよ」 「オレは説明しろ、と言ったんだ」 「それはここを脱出してから、長門さんに聞いてください」 古泉の体から赤い光が滲み出たかと思うと、その姿を赤光の球体へと変えて飛んでいく。 オレが初めて古泉に連れられて閉鎖空間に入り込んだときと、まったく同じ姿だ。 ってことはだ、あそこで大暴れしている巨人は、やっぱり《神人》ってことなのか? 「こっち」 ぐいっ、と首が絞まるほどの勢いで襟首を引っ張られ、口から「うげっ」っと声が漏れ た途端に、辺り一面が真っ暗になった。 別に締められてオチたわけではない。あの閉鎖空間らしき場所から、どうやら元の世界 に戻っただけのことだ。ただ……どうも入り込んだときからそれほど時間が経過したとも 思えないのに、空は夜の帳で覆われていた。 「時間がない。急いで」 オレの襟首を力任せに引っ張りながら、長門がそんなことを言った。 「ま、待て。急ぐ前にオレがオチる! 掴むなら手を掴んでくれぇっ」 必死の嘆願を聞き入れてくれたのか、長門はようやくオレの襟首から手を離してくれた。 最初から朝比奈さんの手を握ってるのと、同じようにしてくれ。 「急ぐのはいいが、おまえと古泉が何をやっていたのか説明してくれ。さっきの巨人はな んなんだ? あの空間はハルヒが作り出してたのか?」 「違う。我々に対する敵対勢力の残存兵力が、涼宮ハルヒの情報創造能力を流用して作り 出した疑似位相空間模と局地戦用人型兵器」 「敵対勢力?」 それはあれか、高校1年のころからチラホラ現れた、長門の親玉とは別種の情報生命体 やら朝比奈さんとは別種の未来人やら古泉の『機関』と対立してたヤツらのことか? け れどあいつらは……。 「それはあなたが気にすることではない。事後処理はわたしたちそれぞれが行わなければ ならないこと。先ほどの局地的非浸食性異時空間へあなたと朝比奈みくるが引き込まれた のは、わたしと古泉一樹の落ち度。済まない」 ……じゃあ何か、全部すっかり終わったもんだと思ってたのはオレだけで──朝比奈さ んは過去のオレたちを助けてくれているから別としても──長門や古泉は現在進行形で厄 介事を抱え込んでるのか? 「敵対勢力にとって、時空改変が行われ始めているこの時間帯が最後のチャンス。何かし らの接触があることは予測できる範囲」 「今は過去だろう、この時間のおまえや古泉は何をしてるんだ」 「この時間平面に存在するわたしの異時間同位体もそのことを把握しているが、わたしの 役目はあくまでもあなたと涼宮ハルヒの保全。他時間平面からの干渉に関してこの時間平 面に存在するあなたや涼宮ハルヒに敵対的接触が行われない限り、わたしが干渉すること はない」 ……クールというか、融通が利かないというか、いかにも長門らしい。 「どうして、まだ厄介事が続いていたことをオレに教えてくれなかったんだ」 「宇宙生命体の処理や未来の懸念、反社会的勢力への対処は、各々が所属する組織の問題。 あなたを巻き込むべきではないと判断したのは、わたしや朝比奈みくる、古泉一樹それぞ れの結論。あなたはには」 長門はゆっくりと、けれどしっかりオレを指さした。 「涼宮ハルヒのことだけを想ってほしい。それがわたしの……わたしたちの願い」 おまえは……おまえらはホントに……どうしていつも、人のことばかりを先に考えるん だ。そりゃオレには何もできないかもしれないが、もうちょっと頼ってくれたっていいだ ろうが! 「それは違う」 いつもより機敏に首を横に振って、長門はオレの言葉を否定した。 「今ならわかる。涼宮ハルヒは世界を変える力を持ち、あなたは人を変える力がある。三 年前まで、わたしたちはあなたに頼り続けていた。だから今は──」 長門は視線を彷徨わせ、自分の頭の中にある語録の中からもっとも適した一言を選び出 したようだ。 「──恩返し」 恩……恩ときたか。まったく、何言ってやがる。それこそお互い様じゃないか。 今までオレがどれだけ長門に……長門だけじゃない、朝比奈さんや古泉たちに助けられ たことか。オレに人を変える力がある、だって? それこそバカげている。変えたのはオ レじゃない。おまえたちが自分で変わろうと思ったから、変わったんじゃないか! 「ああああああっ!」 突如、朝比奈さんの場違いな叫び声が木霊した。 「な、なんですか突然!?」 「たっ、大変ですっ! 涼宮さんと約束の時間まで、あと30分もないですよぉ~っ」 おいおいおいおい、マジか。時間に余裕があると思っていたのに、何時の間にそんなに時 間が過ぎたんだ? 「疑似位相空間の中は通常空間と時間の流れが異なる」 先に言ってくれ長門。 「急いで、とわたしは言った」 ……ああ、そうだな。そうだった、悪かったよ。さっきまでのいい話が台無しになるか ら、そんな睨まないでくれ。 「と、とと、とにかく急ぎましょ~っ」 言われるまでもない。オレたちはハルヒが待っているであろう、公立中学校を目指して 走り出した。 なんだっていつもいつも、時間ぎりぎりになるのかね? 高校時代の市内パトロールの 時みたいに驚異的な集合時間前行動を取っていたSOS団としては、嘆かわしいことこの 上ない状況じゃないか。オレだって誰かとの待ち合わせのときは、今でも最低でも10分 前には待ち合わせ場所に着くようにしてるってのに。 「……え? あれ、うそ……なんで?」 急いでいたオレたちだったが、急に朝比奈さんが立ち止まって困惑顔を浮かべた。困惑、 というよりも青ざめている。これ以上、どんな厄介事が降りかかってきたっていうんだ。 「あの……あたしたち4人に、元時間への強制退去コードが発令されちゃいました……」 「はぁ?」 勘弁してくれ……いったいどんな厄介事のドミノ倒しだ? そもそも、いったい何の話 だ? いや、言いたいことはわかる。この時間において、オレたち4人はイレギュラーな 存在だ。だからこれ以上引っかき回さずに元の時間に戻れ、と言いたいんだろう。 だが待ってくれ。そうじゃないだろ。オレたちは改変された世界を元に戻すためにこの 時間に来ているんだ。そうじゃなかったんですか、朝比奈さん!? 「そ、そうです! でも、上の……あたしの組織のもっと上の方から、今回の改変は歴史 変化の許容範囲と見る意見もあって……だから、その」 「つまり、あなたと涼宮さんの結婚がもたらす変化より、結婚しない未来の方を選択した、 ということですか」 おまえ、古泉……何時の間に現れやがった。というか、無事だったか。 「空間の断裂がこの近くだったのは幸いですね。手間取りましたが、なんとか弱体化させ ることはできました。あとはこの時間平面の『機関』の役目です。それよりも、困った事 態ですね」 「何がだ?」 「朝比奈さんも単独で動いているわけではなく、我々の『機関』のような仕組みになって るのでしょう。そこで今回の出来事の意見が分かれており、結果、今回の時空改変は歴史 が持つ多様性のひとつ、許容範囲内の変化だったと結論づけたのではないでしょうか?」 「なんだそれは? ずいぶん勝手な話じゃないか。そもそも今回の時空改変はオレとハル ヒが結婚するかしないか、だろ? それはちょっとした歪みとかじゃなくて、未来におけ る決定的な違いを生み出すんじゃなかったのか?」 これじゃまるで、朝比奈さんが所属する組織の上が、オレらの敵対勢力の肩を持つよう なもんじゃないか。おかしくなってる未来をまともな形にするために、オレたちはこうや って過去までやってきて……まとも? ……なら、本来、朝比奈さんが知っている未来と、今こうしておかしくなっているとい う未来の違いってなんだ? オレとハルヒが結婚するかしないかで、未来が無視できない ほどの決定的な違いってなんだ? 朝比奈さんが「禁則事項」と言った、その答えはなん なんだ? 「あなたと、涼宮ハルヒの子供」 答えを言うことができない朝比奈さんに変わって、神託を下す使徒のように長門は告げた。 「確証はない。けれど考えられる選択肢のひとつ」 「どういうことだ?」 「あなたと涼宮ハルヒが結ばれることによって、涼宮ハルヒが有する情報創造能力がどの ように変化するか、あるいは受け継がれるか、それがわかる」 なんだそれは? 「……その考えは『機関』の中にもありました」 どこか言いにくそうに、古泉が長門の言葉を受け継いで話を続ける。 「涼宮さんは世界を創造するという、神の如き力を持っている。けれど体は生身の人間で す。いずれは老衰で、あるいは突発的な事故や病気で不帰の客となる日が必ず訪れます。 そのとき、世界はどうなるのか。何事もなく続くのか、あるいは消滅するのか、もしくは がらりと様変わりをするのか……それとも、力を受け継ぐ神の子が現れるのか」 「それが……ハルヒとオレの子供だとでも? それを言うなら……」 言っていいのか? それを、オレが。 「……何もオレとの子供じゃなくたっていいだろう。ハルヒが産む子供であれば、別にオ レじゃなくたって」 言うべきじゃなかった。口にして後悔した。オレが何を思ったのかは……まぁ、察してくれ。 「朝比奈さん、強制退去コードが発令されたとおっしゃいましたが、具体的にはどうなる のでしょう?」 オレが今、どんな顔をしているのかはわからない。ただ、古泉はオレの意見を無視して 朝比奈さんに話を戻した。 「朝比奈さんは立場上、元時間に戻らなければならないでしょうが、僕たちにまで強制力 がある命令とは思えません。僕たちが勝手に行動すること──そういうことにして、見逃 してはいただけませんか?」 珍しく古泉が悪巧みめいたことを言うが、朝比奈さんは力なく首を横に振った。 「強制退去コードが発令された以上、あたしに拒否権はありません。仮に拒否できたとし ても、あたしたち4人は強制的に元時間へ時間遡航させられます」 「……長門さん、その場合、あなたの力で時間遡航をキャンセルすることはできますか?」 「できなくはない。が、推奨はしない」 長門にしては珍しく、その表情に諦めの色が浮かんでいた。 「朝比奈みくるの所属する組織と敵対することになる」 「しかし……」 「やめとけ、古泉」 気持ちは嬉しいがな、これ以上、オレとハルヒのことで話をこじらせたって仕方がない。 下手すれば、朝比奈さんの立場がマズイものになる。 これがまぁ、運命ってヤツだ。もともとオレとハルヒの道は、高校卒業と同時に分かれ た。普通なら、もうそれっきりさ。けれどオレの場合、もう一度だけ道が交わるチャンス があっただけめっけもンさ。それでも交わることができなかったというのなら、それを運 命といわず、なんと言おうか。 それだけハルヒがオレ……たちと離れることを望んでいたってことだろう。あいつが一 人で進むべき道を選んだというのなら、追いかけるべきじゃない。 「あなたは……それでいいんですか?」 「いいも悪いも、もう何もできることはないだろ。オレだって……」 そうさ。オレだって出来ることがあるのなら、なんとかしたい。けれど時間がない。で きることは何もないじゃないか。諦めたくはないが、諦めざるを得ないじゃないか。 「…………まだ……」 ポツリ、と朝比奈さんが呟いた。 「まだ、です。まだ出来ることはあります。強制退去コードが執行されるまで、まだもう 少しだけど、時間があるはずです。5分後かもしれないし、次の瞬間かもしれないけど、 まだ諦めちゃだめですっ」 「しかしですね……」 「しかしもカカシもありませんっ! キョンくん、諦めるためにこの時間平面に来たんじ ゃないでしょ? 涼宮さんとまた、会いたいんでしょ? なら、諦めないでください! あたし、イヤなんです。ホントのことがウソになっちゃうなんて、そんなの絶対イヤなん ですっ!」 朝比奈さん……。 あああああーっ、くそっ! 何をやってんだオレは!? 歳とって諦めやすくなっちまっ たか? 朝比奈さんにそんな当たり前のことをいわれなくちゃ行動できないような、マヌ ケな男になっちまってたのか? 情けないにも程がある。 「すいません、朝比奈さん。それに、長門も、古泉も。迷惑かけちまうが、勘弁してくれ!」 オレは走り出していた。普通に考えれば間に合うはずもなく、こんなことしたって無駄 で無意味なのはわかっている。 だからどうした。 無駄で無意味のどこが悪い。オレは感じたままに、感じたことをするだけだ。 立ち止まってたまるか。下を向いてどうする。あいつはいつも、くっだらないことをク ソ真面目に前を向いて、一時も立ち止まらずにやりたいことをやってたじゃないか。 思い出せ。長門が世界を改変させたとき、オレは何を考えた? どういう結論を出した? 忘れるわけがない。身の回りに宇宙人やら未来人、超能力者がふらふらしている世界を 肯定し、受け入れ、傍観者から当事者になることを選んだ。涼宮ハルヒという訳の分から ないヤツを中心に、バカ騒ぎしてやろうと決めたんじゃないか。 それを決めたのはオレだ。もう離さねぇぞ、ハルヒ。おまえが拒んだってな、オレのほ うから食らいついてやる。おまえの我が侭にはイヤってほど付き合ってやったがな、オレ と離れたいなんて我が侭だけは、大却下だっ! 「はっ……がぁっ、くそっ……」 もう汗も噴き出しやしねぇ。口の中はカラカラだ。運動不足がここに来てアダになって やがる。足の筋肉は悲鳴を上げて、目もかすみ、音もよく聞こえない。 見慣れた線路沿いの道までたどり着いた。あとはそこの角を曲がればゴールだ。ここで 立ち止まったら、二度と動けない。そんな気分で角を曲がる。 そこでオレは愕然とした。 道がない。真っ暗な闇が、そこにある。なんだコレは? どういうことだ。 後ろを振り返れば、今まで走ってきていた道が、景色が、光の粒子に姿を変えて消えて いる。角砂糖で作られた町並みが、雨に濡れて溶けていくようだ。 まさかこれが……朝比奈さんの言っていた強制退去コードの発現ってやつか? オレは ……間に合わなかったのか? 「くそっ……」 間に合わなかった。ゲームオーバーだ。コンテニューも復活の呪文もありゃしない。未 来を出し抜こうなんて、オレには過ぎた妄言だったってことか。 「認めるか……認めねぇぞ、こんなこと!」 散々走り回って、喉もカラカラで声なんて出ないと思っていたんだが、それでもオレは 叫んでいた。まだ、オレの体は声を出す気力を残していたらしい。 「ハルヒーっ!」 周囲が闇に包まれる。確かにそこにあるのは、立つことだけを許された儚げな小さい足 場だけ。それすらも、今に消え去ろうとしている。 「待ってろ、必ず会いに行くから!」 違うだろ。そうじゃない。言いたいことは、そんなことじゃない。いい加減にしろよオ レ。二十歳を過ぎて一年も経ついい大人が、言いたいこともわからないのか!? 「ハルヒ、オレは……っ!」 視界が回る。耳鳴りがする。誰かの声が聞こえた……気がする。 誰だ? 誰かそこにいるのか? そこにいるのはおまえか、ハルヒ? 手を伸ばす。その方向で合っているのかどうか、わからなくともオレは手を伸ばした。 目を見開いているはずなのに、何も見えない。闇がこれほど怖いと思ったことはなかった。 伸ばした指先に、何かが触れる。触れたような気がした。必死にそれをたぐり寄せよう ともがくが、感覚がない。自分の体なのに、自分のものじゃないみたいだ。 不安ともどかしさで、気が変になりそうだった。 体全身の感覚がなくなる。上下感覚すら消失する。 そしてオレは──何かを手にしたのか、それとも失ったのか──それを確かめることも なく……意識を暗転させた。 ゴンッ! と、額に携帯電話がダイブしてきた衝撃でオレは目を覚ました。最悪な目覚 めに気分も落ち込むってもんだ。おまけに体全体が筋肉痛で痛むし、どうして自分がアパ ートの自分の部屋で寝ていたのかさえ思い出せない。 ──まいったな…… ご丁寧に、強制的に現代に戻されたかと思ったら、自分のアパートか。旅費が浮いて助 かった、なんて感謝するとでも思ってるんじゃないだろうな? オレはついさっきまであったことを、すべてしっかり覚えている。人を引っ張り回すだ け引っ張り回して、こっちが何もできないのをいいことに、無理矢理元の時間に戻された 恨みを忘れてたまるか。 オレに感謝されたいんだったらな、せめてその記憶もしっかり消してくれ。 「くそっ……」 ここまで自分が無力だと思い知らされた日はなかった。泣くべきか叫ぶべきか、それす らもわからない。眠りを妨げた携帯電話を手にとって、八つ当たり気味に投げ捨てようと 思ったそのとき、ふと画面を見れば、おびただしい量の着信履歴があることに気付く。 履歴は、朝比奈さん6割、古泉3割、長門1割ってとこか。留守電にも、各々コメント が入っていた。いちいち紹介するのも面倒臭い。ざっくばらんに紹介すれば、朝比奈さん は謝罪、古泉は慰め、長門は……相変わらず、何が言いたいのかさっぱりだが、まぁ、慰 めてくれているんだろう。 魂の抜け殻になった体は、各々のコメントをただ適当に聞き流していた。 ため息しか出ない。 どんな慰めや謝罪の言葉をもらったところで、誰に当たり散らせばいいってもんでもな い。この結果になったのはハルヒが望んだからであり、オレの力不足のせいでもある。 遠いな、ハルヒ。 おまえがこんな遠くに感じたのは初めてだ。おまえと離れたこの三年間、そんなことを 微塵も思ったことはないし考えたこともないが、今は無性におまえが遠くに感じる。 「……ん」 三人のメッセージを聞きつつ、頭の中ではハルヒのことを考えていたオレは、おそらく 最後に録音されていたであろうメッセージで、ふと現実に引き戻された。 これまで散々録音されていた三人それぞれの声が、そのメッセージで途切れた。何も喋 ってねぇ。留守録に切り替わると同時に切ってやがる。 イタズラ電話か、間違い電話か。 どっちだっていいさ。用があるヤツなら、メッセージのひとつも入れておくだろう。 携帯を投げ捨て、煙草に手を伸ばし、火を点ける。紫煙を燻らせ、テレビを付けると、 朝のワイドショーがやっていた。丁度朝の八時か。 コメンテイターが「ゴールデンウイークが終わって今日から仕事の人も……」などと、 どうでもいい前振りをしている。 だからどうした。そろそろ将来のことを見据えて仕事選びを始めたオレなんて、毎日が 暇つぶしみたいな……なんだって? 今、なんて言った? オレはテレビにかじり付く。ええい、おっさんのドアップなんぞ映さなくていい。今日 が何日なのか教えろ。って、そうか、携帯を見ればいいのか。 放り投げた携帯を拾い上げて、カレンダーを見る。間違いない、疑念が確信に変わった。 今日は、朝比奈さんの電話でたたき起こされてハルヒが起こした時空改変を修正するた めに過去へ旅立ったその日だ。 それが何を意味するのか? 答えはシンプルだ。けれど、その計算式は複雑極まりない。 答えはわかっているが、その説明ができない。 先に答えを出しておこう。 時間がズレしている。 それしかない。それで間違いないし、それ以外にあり得ない。 本来なら……というか、オレの記憶が正しければ、これから古泉に連れられて田舎に戻 り、長門のマンションから三年前の過去に旅立つはずだ。 しかしそれは、もう過ぎたことになっている。 何故それがわかるのか。 決まっている。朝比奈さんや古泉、長門からの留守録メッセージが、事の終わりを告げ ているからだ。この日、オレの記憶では「今日、過去に行って失敗する」という、その規 定事項はすでにクリアされている。 どういうことだ? 何がどうなっている? すべての出来事が1日ズレていることに… …どんな意味があるんだ? そのことを説明できるのは……あいつしかいない。 オレはすぐに電話をかけた。コールを待つまでもなく、すぐに繋がる。電話の前で待機 してたんじゃないかと思える速さだ。 「すまん長門、オレだ。ちょっと混乱してるんだが……」 『わかっている』 説明が短く済んで助かる。こいつにも、すべてわかっているんだな。それとも、この存 在しない一日をくれたのは、おまえか? 『わたしは何もしていない。今日は、すべての人々にとって当たり前の一日。昨日という 過去が今日という今になった、平穏な日常。あなたにとっても、そう』 当たり前の一日だって? 今のオレにとっちゃ、奇妙で非日常的な一日でしかないぞ。 『違う』 長門はオレの言葉を否定する。 『今日はあなたが知っている平穏な一日。あなたが本来存在する、今の時間。誰にも邪魔 はできない。わたしがさせない。だから──』 長門は同じような言葉を繰り返し、しばし口を閉ざしたかと思うと、最後に一言だけ付 け加えた。 『──待っている』 がちゃり、と通話は切られた。長門から受話器を置いたのだろう。もうそれ以上、話す ことはないと言いたげだ。 ──いや、違うな。話すことがないんじゃない。話せる言葉がないんだ。 あれが長門の精一杯だ。何かしらの制限を受けているのか、それとも適切な言葉が思い 浮かばなかったのか……どちらにしろ、長門はオレに答えを伝えている。 オレが存在する時間。当たり前の日常。そして、存在しないはずの一日。 大丈夫だ、長門。おまえは本当に頼りになるヤツだよ。おまえのメッセージはいつもあ やふやだが、伝えたいことはしっかり伝えてくれることを、オレは知っている。そしてち ょっと考えれば、すぐにわかる答えばかりだったよな。 オレはシャワーを浴びてから身支度を調え、乏しい財布の中身を見てため息を吐いてか ら、外に出る。 今日が昨日から続く当たり前の日常だと言うのなら──行くべき場所は、一カ所しかない。 小春日和の天気とは言え、夜になるとまだまだ寒くなる。筋肉痛プラス新幹線移動のひ どい仕打ちでへばっているオレの体は、ゆるゆると続く路線脇の道を歩くだけでも悲鳴を 上げそうだった。 時折過ぎていく電車は、ドップラー効果を残して消えていく。次第に人気の失せていく 道に、北高のセーラー服姿の似合う朝比奈さんを背負って歩いた思い出が蘇る。 過去を懐かしむことができるのは、大人の特権か。 昔を思い出してため息を吐くなんて、昔は年寄りじみて自分はそうなりたくないと思っ ていたが、逆に今は振り替える思い出があることを誇りに思う。 その誇りも、ただ日々を積み重ねてきただけで培われるものじゃない。自分から前に出 て行動しようと思ったからこそ、作り出すことのできた思い出だ。 「おい」 おまえの思い出だってそうだろ? オレなんかじゃ比べものにならないバイタリティ で、いつもオレの手を引っ張って良くも悪くも行動を起こしてたよな? そこの──鉄格 子をよじ登ろうとしているお姉さん。 「なによっ」 そいつはポニーテールの髪を揺らし、貫くような視線をオレに向けた。 既視感を覚える。 三年か。そういえば前も三年の差があったな。これはあのときの再現なのか……なら、 次に出てくるセリフもわかってる。 「なに、あんた? 変態? 誘拐犯? 怪しいわね」 こういうのも、以心伝心というのかね? 嬉しいと思うべきか、嘆かわしいと感じるべ きか、答えは保留にさせてくれ。 「おまえこそ何をやってるんだ?」 「決まってるじゃない、不法侵入よ」 そう言って、二十歳も超えて立派な成人になったってぇのに、鉄扉の内側に飛び降りて、 閂を固定していた南京錠をはずした。その鍵、まだ持ってたのか。 鉄扉をスライドさせて6年前のように──こいつにしてみれば、もう9年も前の話か──手 招きをして、自分はさっさとグラウンドに歩いていった。 これでオレも不法侵入の共犯者か。 肩をすくめて後に続くと、そいつは満点の星空の下、グラウンドの真ん中で空を見上げ ていた。七夕と違うのは、この空の明るさか。この辺りも都会になったと思っていたが、 東京に比べると星の数が段違いだ。 「ねぇ、宇宙人っていると思う?」 空を見上げたまま、そう聞いてきた。 「いるんじゃねぇの?」 「じゃあ、未来人は?」 「いてもおかしくないな」 「超能力者は?」 「そんなもん、そこいらにゴロゴロしてるさ」 「ふーん」 気のない返事をして、空を見上げていた視線を足下に移す。吹き抜ける風が、束ねた髪 を凪いで駆け抜ける。その表情は、笑顔とはほど遠い。 想起する時間はここまででいいだろ? 「悪かったよ」 オレはその姿に謝罪した。 これでも急いで来たつもりなんだ。あっちこっち寄り道して、長門からヒントをもらって、よ うやく今日のこの日、この瞬間にたどり着くことができた。 オレにとっての日常。当たり前の平穏。それは、宇宙人や未来人、超能力者と訳の分か らん事態に巻き込まれて、その中心にいる唯我独尊の団長さまを心配する一日。 そして、ズレた今日が過去になった今という現実。存在しない一日という奇跡を残して おいてくれたのは──おまえだよな、涼宮ハルヒ。 ようやく、おまえを見つけることができたよ。 「三年も待たせて、悪かった」 「まったくね。ま、あんたの遅刻癖はいつものことだけどさ」 怒るでも呆れるでもなく、ハルヒはそう言った。どこか遠くを見ているような、けれど その目はオレを見ているのではなく、違う何かを見ている。 「この三年間、どうだった?」 「別に。どーってことない毎日だったわ。そこそこ楽しくて、まぁまぁつまんなくて…… そういうあんたはどうなのよ」 「あり得ないことが連続の、非日常だったよ」 それは揶揄でも誇張でもない、事実あり得ない日々の連続だったさ。毎日決まった時間 に目を覚まして大学に通い、その後バイトに行って疲れて帰ってきて寝る。 あり得ないだろ? 高校時代のオレの日常からは、かけ離れた生活じゃないか。近くに 宇宙人も未来人も超能力者も──ハルヒすらいない日々なんだぜ。 そんな世間一般の平凡な生活を送るハメになったのも、おまえがオレを見捨てようとし たからなんだ。分かってるのかよ? 「なんでオレたちから離れようと思ったんだ?」 「……別にそんなこと、思ってない」 はぁ~っ、とオレはため息を吐く。 そうだな、おまえはオレたちから離れようなんて微塵も思っちゃいなかっただろうよ。 ただ、今のはオレの聞き方が悪かっただけだな。訂正しよう。 「なんでオレから離れようと思った」 オレはそこまで鈍感じゃないんだ。おまえは確かに長門や朝比奈さん、古泉と離れたい とは思っていなかっただろうが、オレとはどうだ? 距離を置こうとしてたじゃないか。 そりゃないぜハルヒ。オレを巻き込んだのはおまえの方だってのに、なのに見捨てるな んて酷すぎるじゃないか。 「あたしが……あたしであるために……かな?」 ハルヒは淡々とそう告げた。 意味わかんねぇよ。おまえはいつもおまえで、そのままだったじゃないか。オレが側に いてもいなくても涼宮ハルヒだったじゃないか。だったら、オレが側にいることを許して くれてもいいじゃないか。 「違うわよ。あたしは、あんたがいたから『あたし』だったの」 そう断言した。断言してから、一瞬迷うように視線を泳がせて、言葉を続ける。 「中学の時はずっと一人で好き放題やってて、周りから孤立してた。高校でも、そうだと 思った。けど、あんたがいてくれた。あんたは嫌々だったかもしれないけど、それでも引 っ張るあたしに『やれやれ』って顔しながら、それでも着いてきてくれて……それが嬉し かった。あんたがいたから、あたしは一人じゃないって思えたし、笑っていることもでき た。でも」 ハルヒは、心の中の澱んだものを一緒に吐き出すかのように吐息を漏らした。 「もし、あんたがいなかったらあたしはどうなってたと思う?」 貫くようなハルヒの視線。その視線には、何の感情も込められていなかった。喜びも悲 しみも、怒りも哀れみもない。いや、もしかするとすべての感情がごちゃ混ぜになってい るからこそ、オレにはわからなかっただけかもしれない。 「そして気づいちゃった。あんたがあたしを守ってくれて、笑うことを許してくれて、支 えてくれてたんだって。そんなあんたがいなくなたら……あたしはどうなるの? あたし を生かしてくれていたあんたがいなくなったら……あたしはあたしじゃなくなるの? そ んなことないって思った。思いたかった。だから」 それが、オレから離れた理由? それを本気で言ってるのか、ハルヒ。おまえはそれで いいかもしれないが、ならオレの気持ちはどうなる? 自分勝手も過ぎるってもんじゃないか。 「あたしが何も知らないとでも思ってんの? あんた、いっつも額にしわ寄せてさ、すっ ごく大変で困ったこと抱えてますって顔してたじゃない」 オレ、そんな顔してたのか。確かに毎日そんな気分だったが、自分じゃまったく気づい てなかった。そうだな、ハルヒは勘の鋭いヤツだから、気づかれていてもおかしくはない。 「あたし、あんたの力になりたかった。あたしに何かできることがあるのかわからないけ ど、それでも力になりたかった。なのにあんた、何も話してくれなかったじゃない。手を 差し伸べることさえ許してくれなかった」 「それは……違う。オレは、」 「あんたが抱え込んでた不安って、あたしのことなんでしょ?」 オレは、何も言えなかった。オレが抱え込んでいた懸案事項は、確かにハルヒのこと。 それが間違っていないからこそ、何も言えなかった。 「あたし、あんたの重荷になんてなりたくない」 揺るがない意思。挑むような言葉。こいつの頑固さは今に始まったことじゃないし、思 い込みの激しさも並じゃない。一度口にした言葉が覆ることもない。 それが真実の言葉なら。 「ウソはやめろ」 今の言葉のすべてがウソだとは言わない。ハルヒの偽らざる本心であることもわかって いる。けれど、その土台となる思いがウソなら、それは見かけ倒しの本心だ。根本にある 思いを偽っている限り、オレが簡単に騙されると思うな。 こいつは三年前の高校卒業のときに、オレに本心を見せていた。告白したことや、キス してきたことじゃない。すべて吹っ切ったように見せた笑顔でもない。 最後の言葉だ。 あれが、おまえの偽らざる本心じゃないか。 「覚えているか? おまえ、オレに『じゃあね』って言ったんだ。『さよなら』じゃなく て『じゃあね』って。何もかも吹っ切ったように見せて、告白してキスまでして、それで も最後の最後でおまえは『さよなら』が言えなかったんだ」 だから、今がある。この日、この場所で出会うことができた。 「ハルヒ」 オレはハルヒの手を取って、抱き寄せた。 いつもこいつの方から手を差し伸べていたけれど、オレはいつも振り払っていたのかな。 悪かったよ、そんなつもりはなかったんだ。それでも今日だけは、今だけは、オレの方か ら差し伸べる手を振り払わないでくれ。 「おまえ、卒業のときに『オレの気持ちなんてどうでもいい』とか言ってたな。ひどいじ ゃないか。自分だけ言いたいこと言って、オレには何も言わせてくれないのか」 「……なによ」 「オレは、おまえと離れたいなんて考えたことは一度もない」 「…………」 そうさ。オレはそんなことを本気で考えたことなんて、一度もないんだ。 間違えるな。ハルヒに辛い思いをさせていたのはオレなんだ。意識的にしろ、無意識的 にしろ、傷つけていたのはオレのほうだ。 そして、それを気づかせてくれたのもハルヒだ。 それも忘れるな。ハルヒがオレと出会って変わったって言うのなら、オレもハルヒのお かげで変わることができた。おまえが隣にいることが、オレにとっての日常であたりまえ なんだ。もうこれ以上、無意味でつまらん非日常なんて送りたくはない。 だから、言わせてくれ。 「おまえが好きだ」 「……そんなの……とっくにわかってたわよ、このバカっ!」 絞り出すような声。微かに肩が震える。それでもコイツのことだ、泣いちゃいないだろ う。泣きじゃくるハルヒなんて、想像もできやしない。 「そうか、わかってたか」 今更だが──オレにも三年って時間が必要だったんだよ。そのくらい、察してくれ。 「三年じゃないわ」 ハルヒはそう言うと、ポケットから色あせた便せんを取り出した。ああ、すっかり忘れてた。 「あたしにとっては、中学から今日までの、九年越しの思いよ」 「そりゃまた……気の長い話だな」 「待たせたのはあんたでしょ」 「いや待て。それはジョン・スミスだろ? オレじゃない」 「あんたがジョン・スミスでしょ?」 「いや……まあ」 「それとも、キョンって呼ぶべき?」 こいつの意地の悪さは承知しているが、ここまでとは想定外だ。 「こんな時くらい、ちゃんと本名で呼んでくれ」 「本名……ねぇ」 ハルヒは──本当に久しぶりに──白鳥座α星の輝きのごとき笑顔を浮かべ、底意地が 悪く口元を釣り上げてから「あんたの本名なんて忘れちゃったわ」と言って……オレの反 論なんぞ受け付けないとばかりに唇を重ねてきた。 それは冗談だよな? まさか本当にオレの本名を忘れてるわけじゃないよな? もし忘 れてるってんなら……まぁ、いいか。 それでごまかされるのがオレらしい役どころだろ。 エ ピ ロ ー グ 後日談を語るほど、まだ日は経っていない。語るべきことは何もなく、あとは口を閉ざ すべきかもしれないが、一言だけ付け加えるのが筋というものか。 あの存在しない一日が朝比奈さんが言うところの「オレとハルヒが入籍する日」らしい が、だからと言って勢い余って役所に駆け込むほど、オレもハルヒもテンションは高くな い。いやまぁ、ハルヒはそんな気満々っぽかったが、オレは東京で大学に通い、ハルヒは 地元の大学で考古学の勉強に精を出しているわけだし、距離は相変わらず離れているが、 それも大学を卒業するまでの話だから、ということで引き留めた。卒業したら……さて、 どうなるのかね? 朝比奈さんの真似をして「禁則事項」とでも言っておこうか。 そんな朝比奈さんは、この間の一件のせいもあってか、もっと立場が上の人間になろう と努力しているようだ。あなたなら成りたい人になれますよ。 厄介なのは古泉だな。事の顛末を知ったあいつは、肩をすくめて「まだ僕の副業は続き そうですね」などとほざいた。何がどう続くのか問いつめたいところだが、ま、その笑み が作り物っぽくなかったから許してやるが。 事が終わって一番苦労しているのは長門かもしれない。なにしろあいつはハルヒと同じ 大学だ。この前、電話で報告したときなんぞ「知ってる」とすでに把握済みの上に「涼宮 ハルヒに聞いた」と続け、最後に──これはオレの気のせいかも知れないが──ため息を 吐いたような気がした。 それがオレの気のせいならいいが……ハルヒ、おまえはオレがいないところで長門に何 を吹き込んだんだ。一万五千四百九十八回くらい同じ夏を繰り返してようやく、つまらな さそうにする長門に、ごく普通の日常会話で呆れを感じさせる話をしつこいくらい繰り返 したのか? ……考えるのはやめておこう。むしろこれから考えるのは、東京に遊びにくるハルヒを 迎えに行ったその後だ。今回ばかりは遅刻するわけにもいかない。 携帯を手に取り、メールを確認すると「到着10分前には待ってること。遅れたら罰金 だからね!」と着信があった。 わかってるよ。散々待たせたんだからな、今回ばかりは遅れるわけにはいかない。 遅れるといえば、何故ハルヒが五月のゴールデンウィーク明けまで待っていてくれたの か後になって分かった。 過去においてオレが、というかジョン・スミス名義で投げ込んだ手紙は、高校卒業の三 月のこと。それから二ヶ月も過ぎていたのに、あいつは存在しない一日を作ってまでオレ を待っていたのには、ちゃんと理由があるんだが……その理由が意味不明だな。 ジョン・スミスと会った七夕でも、高校を卒業してオレと決別しようとした日でもなく、 あいつが選んだその日が──オレと普通に会話を始めた日だなんて、わかるわけないだろ。 さて、そろそろハルヒがやってくる。驚いたことに、あいつのほうから宇宙人や未来人、 超能力者についてオレを問い質したりしてこないんだが……話をしてやるべきかな? そ れとも、あいつが持ち込む厄介事に巻き込まれることを懸念するべきか。 ま、どっちでもいいさ。 それが、オレが散々苦労して取り戻したごく当たり前の日常や──ハルヒの笑顔につな がるならね。 〆
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暑い… ミンミンミン・・・ 暑い… ミンミンミン・・・ 暑い!! そう、今の季節は夏、太陽が怒ってる様に思えるぐらい暑い… まったく、部室にクーラー付けてくれんかね? 「文句言わないの!」 今のは、団長様のセリフである。 ハルヒ「冷凍庫にアイスあったでしょ?あれで我慢しなさいよ」 へぃへぃへぃ…ん?ハルヒの膝に、何か置いてある…ノートのようだ 「ハルヒ」 ハルヒ「何?」 「これは、何のノートだ?」 ハルヒ「え?……あー、あんたには関係無いの!」 俺には関係無いのかね…冗談でも言ってみるか 「…誰も知られたくないぐらいか?」 ハルヒ「ギクッ)そ、そんな…じゃないわよ!ほ、ホントよ!」 …何か、口調が怪しい…一体何のノートだ? ハルヒ サイド ヤバイヤバイ…… これは、誰も知られたくないのよね… だって、これは… キョンの事もいっぱい書いてあるのよね… 写真もあるし、あたしにとって、恥ずかしい文もあるしね… キョンにバレると…死んでしまうぐらい恥ずかしい!! …学校に持っていくんじゃなかったわね… キョン「なぁ、ハルヒ」 うわっ、吃驚した… 「な、何…キョン」 キョン「確かめたい事あるけどな…こういう噂を聞いたぞ」 う…噂? 「へー、どういう噂?」 キョン「何でも、皆に知られたくない物あるらしいんだって?」 なっ!?そ…それは、このノートの事!? 「デマよ、デマに決まってるわ!」 キョン「そ、そうか…悪かったな」 ちょっと、キョンの目線があたしが持ってるノート見てるよ~… これが怪しいと思ったのね…死んでもこのノートだけは守るわ! キョン サイド やっぱ怪しい!ハルヒは動揺してる感じだからな… しかし、気になるな…うーむ… 長門「私は知ってる…」 そうかぃそうかぃ…って、え?知ってるのか? 長門(ゴクリ) 「じゃあ、何だよ?」 長門「…それは、言えない…アレは、涼宮ハルヒにとって、大切な物」 そうか…スマン… 「…何だが気になるなぁ」 そう言い、一日は終わった… だが、これで終わりではなかった… 次の日…事件が起きたのである ハルヒ サイド さて、寝る前、あのノートを取り出すかな… ………ん? ちょっと待って、疲れてるのかしら?あたし… あのノート無ぁぁぁぁい!?ちょっとちょっと!? どういう事?えぇい…思い出すのよあたしよ!! 下校 ↓ SOS団員と一緒にキョンの家へ ↓ 鞄は、リビングに置いて、キョンの部屋へ ↓ 楽しく会話 ↓ 鞄を取って帰る …まさか、まさか!? い、い、い、い、 いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…ぃゃぁぁぁぁぁぁ…ぃゃぁぁぁぁぁ…(エコー) キョン サイド ふわぁ…眠い…この坂道もキツイ… 谷口「いょぅ!キョンちゃーん」 その名で呼ぶな、気持ち悪い 「ん?おぅ、谷口か」 谷口「昨日さぁ、「もしかして、生理?」ってナンパしたら、物凄い殴られたぞwwww」 笑い事じゃねぇよ…ってか、女の子に言ったらアカンだろ… と思いながらSOS団室へ行った… さてさて、ノックノック… ハルヒ「どぉうぞっ!」 うおっ!?吃驚した…なんっー大声だ… やれやれ、中に入るか… 入ると、不機嫌な団長様がいた… 何があったんだ? ハルヒ「どうもこうも無いわよ…あたしの大切な物が無くなったから…」 マジですか!?バレたらヤバイじゃねぇのか? ハルヒ サイド むー、むー、むー、どうしよう、どうしよう、むぅぅぅぅーー… 取りあえず、動揺は隠してっと… 「ねぇ、キョン…あんたの家のリビングに何か置いてなかった?」 キョン「はて?何も置いてなかったか?」 「そぅ…」 んー、追求してみるか… 「何か、家で変わった事無い?」 キョン「んー?あぁ、そういえば…妹がニヤニヤして見てただけだが」 え?妹ちゃんか?え?マジで? キョン「マジだ、妹が「キョンくんって、幸せ者だね!」と言ってたな…何で幸せ者なのか?」 …それって…それって… キョン「ハルヒ?どうした?」 みくる「ハルヒさん?どうしたのですか?」 い、い、い、い、い、 いやあぁぁぁぁぁぁ……いやぁぁぁぁぁ…いゃぁぁぁぁぁ…ぃゃぁぁぁぁぁぁぁ…ぃゃぁぁぁぁぁぁ……(エコー) キョン サイド ハルヒが…ハルヒが…真っ白に染まってる…な、何があったんだ? ん?と、言う事は 「古泉、閉鎖空間どうなってんだ?」 古泉「いえ、大丈夫ですよ…しかし、ハルヒさんは何やら慌ててる様子ですね」 ほっ…じゃ、何で…真っ白になったんだろうな… ハルヒ「あはっ…ははははっ…ははは…ガクッ」 みくる「ハルヒさん!?大丈夫ですか!?ハルヒさん!」 …妹ねぇ、妹に聞いてみるか おまけ 谷口「全国の女達のために、ナンパ成功のために、女達よ!俺は帰って来たーっ!」 …あら?いっけね、女子更衣室だわwww …… 「WAWAWA、忘れ物~」 女A「さっさと…」 女B「帰れーっ!」 きにゃああああああああああ… ハルヒ サイド ふっ…かーつ!!って、ここは保健室? 取りあえず、一刻も早く、キョンの家へ! みくる「あ、ハル「ごめんね、みくるちゃん!急いでるから!」 急がないと!ん?下からスースーするわねぇ………ピキッ! みくる「あっ、ハルヒさん!行っちゃいましたね…スカートのチャック壊れて直して貰った所なのに」 何と、ハルヒは、スカート穿いて無かったのである…勿論、パンツの色はピンク… 「き、き、きゃあああああ…」 みくる「!?」 「みーくーるーちーゃーんー!そーれーをーはーやーくーいーえー!」 みくる「す、すみませんでしたー!」 「結構恥ずかしかったわよ!…よし、直してありがとう!じゃ!」 ドドドドドドド… みくる「走るスピード速いですね…」 谷口 サイド ふっ、今、俺は何をしてるのかって? ふふふ…吊るされてるんだよね…レッテルも貼られてますっせ! [超変態][チャック魔][ナンパ男] …誰が水下さい… キョン サイド さて、俺は学校が終わり、家にいる… 妹に聞くために帰って来たのだからな 妹「お帰りー、キョンくん」 こいつ、ムカツクぐらいアイス食べやがって 「そういや、妹よ…ハルヒの鞄の中を見たのか?」 妹「うん」 やっぱり… 「見せてくれないかな?」 妹「いいよ」 と、言うわけで…簡単に手に入れた うむ…見た目は女の子らしい模様をしてる普通のノートだが…… 中身見てみるか …これはどういうことだ? 皆も見せてやりたい気分だが…いや、いい… ○月○日 初めてあった男の子がいた…へぇ、キョンって言うんだ ちょっとカッコいいわね …これって、最初にあった時の話が…待て待て、普通の人間は興味無かったのではないのか?ハルヒよ? ○月○日 SOS団初のくじ引きだ!キョンと二人で仲良く話したい!! ハルヒ…だから、あんな態度を… ○月○日 今日は、機嫌悪かったけど、夢の中でキョンと二人きりだった… あたしの願い叶ったわ!キスよ!キス!甘いレモンの味だったよ! 興奮して一人Hしたのは内緒よ なるほど…だから、寝れなかったのか… ○月○日 今日は、あたしの誕生日… ん?これは…そうか、俺が知った時に祝ってやったっけ? あたしの誕生日を祝ってくれたのは、ある一人の男の子だったわ その男の名前はキョン…あたしは、嬉しかったの… あのバカが「谷口から聞いて気付いたけど…誕生日おめでとうな」と言ってた めっちゃ嬉しかった…あたしは泣かないように我慢してたけど、あのバカが「泣くなら、泣けばいい」と あたしは、いっぱい泣いたわ…今までは孤独だった誕生日…でも、キョンから祝ってくれた… ありがとう、キョン…あたしは幸せ者だよ …ハルヒ…お前は、やっぱ普通の女の子だもんな… 他には本人にとって恥ずかしい文章もあるから、伏せておく ハルヒ サイド そういえば、あの日記に「一人Hした」やら 「妄想して鼻血出た」やら恥ずかしい事凄く書いちゃったっけ… 早く、回収しないと!ヤバイよ、ヤバイよ!お母さん! っつー訳で、家に着いた… ピンボーン キョン「はいはい、どなたですか?」 キ、キョン!? 「あたしよ、あたし」 キョン「ハルヒ?入っていいぞ」 お邪魔しまーす キョン「どうしたんだ?」 「妹ちゃんは?」 キョン「あぁ、どっかへ遊びに行った…ま、2時間したら帰って来るだろうよ」 え、えぇ~!?そ、そんなぁ~ 特別編 その1 ちょと、悪戯したくなったので、皆さんに紹介を ○月○日 キョンの家へ遊びに行った。 キョンが一階へ用事あるため降りたのを確認して部屋を探し回った結果… エロ本10冊も見つけた…その内、3冊だけ持って帰った。 バレませんようにと願ってる ○月○日 海の日、キョンの水着姿を見て興奮しそうになった。 あたしって、変態になったのかな?ヤバイ、ヤバイ ○月○日 大佐が言ってた 「性欲はもて余す」と ○月○日 何となく、部室でキョンの真似した。 その時に、みくるちゃんや有希に見られた… 恥ずかしかったよぉ~ ○月○日 谷口が言ってた 「ナンパは千斬り挑戦すると良い」と …でも、成功してないわね 特別編 その2 ○月○日 性 欲 も て 余 す ! 何となく書いてみた…寝よう ○月○日 キョンとデートしようかな…「死刑」って言えば来てくれるかな? それで、観覧車に乗って手を繋げ…あっあっ、鼻血鼻血!ティッシュ!ティッシュ! ○月○日 店員が間違って、AVビデオ入れたみたい…折角なので見ることにした… 正直分からなかった…あたしって、子供なの? ○月○日 キョンと一緒に寝る夢を見た…ドキドキした… でも、キョンの寝顔可愛いなぁ ○月○日 キョンの寝顔コレクションを隠す場所に困った… 取りあえず、下着を入れてある棚に隠した ○月○日 みくるちゃんめ!キョンを悩殺させる気か!? あたしだってー! この後、キョンに酷く怒られた… 泣くのを我慢して抵抗したあたしがいる その時のキョンはいつもの「やれやれ…」だった キョン サイド さて、ハルヒが来た訳だが何の用かね? 「何の用だ?」 ハルヒ「妹ちゃんに会いたい」 そうか… 「だったら、ゲームでもして暇つぶししないか?」 ハルヒ「そうね」 ハルヒ サイド あれから2時間経った 妹「ただいまー」 帰って来た! キョン「来たか…」 妹「ただいま、キョンくん!あ、ハルにゃんだ!」 キョン「妹よ、ハルヒがお前に話したい事あるとさ」 と言って退場した 妹「何?ハルにゃん」 「あの日記見た?」 妹「うん」 やっぱり… ハルヒ サイド 「ちょっと持って来てくれないかな?」 妹「うん、ちょっと待っててね!キョンくーん!」 え?…って事はキョンが持ってるって事?え?嘘でしょ? 妹「持って来たよー!はい!」 「え、あ、うん…ありがとう…」 ?何かキョンがあたしを見てニヤニヤしてる… ―――― さて、帰宅したのはいいけど… 日記を開くと「見たよ、ありがとうよ」 …え?嘘…見たの!?アレやコレや全て見たの? い、い、い、い、い… いやあぁぁぁぁぁぁ…いやぁぁぁぁぁぁぁ…いゃぁぁぁぁぁ…ぃゃぁぁぁぁぁぁ…(エコー あれから、一週間…話す事が出来なかったのは言うまでも無い… 完 谷口「さっさと、千人ナンパ斬りしようぜ」
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さすがのハルヒもめまぐるしい出来事に疲れを見せていたが 俺にはもう1つだけやる事があった 通りがかったタクシーを呼び止め、鶴屋さんの家に向かった 車の中で初めて知ったのだが、もう夜の11時を回っていた ハルヒがうとうとしかけた頃、タクシーは鶴屋邸の前に止まった 俺は代金を払ってハルヒを車から降ろし、悪代官の象徴のような玄関に立った チャイムを鳴らしてしばらく待つと、着物姿の鶴屋さんが出てくれた 「やっほーハルにゃんにキョンくん、ずいぶん遅かったにょろね」 はい、遅くなってしまいました これ何とか見つけましたのでお返しします 俺はハルヒが握っていたオーパーツを鶴屋さんに返した 「ほーっ、探してくれたんだーありがとうねキョンくんっ!」 いえあの、探してたって言うか偶然見つかったって言うか 「まあいいさっ!無事に見つかったんだし、これで一件落着だねっ」 あの鶴屋さん 「なんだい?」 このオーパーツですが、その・・・本当の持ち主が見つかったって言うか どう説明すりゃいいんだろ 鶴屋さんの理解力に賭けるしかないか 「いいさっ、こんなのうっとこに置いといても何の意味もないしね ちゃんと使い道の分かってる人が使ってくれた方がいいからさっ でもこのまま預かっててもいいのかな?」 はいもちろんです そのうち本当の持ち主が取りに来ると思いますから 「委細承知っ!さっ早く上がりなよ!」 いやもう遅いですから、ハルヒも眠そうだし 「おんやーハルにゃん?何だか世界を救ってきたみたいな顔してるねー いい顔だよっ!キョンくんも」 「え?あ、ああ・・・そうね」 「いいから気にせず泊まっていきなよ!部屋も布団もあるし」 本当にいいんですか? 「もっちろんだよっ、ただし部屋は別々なのさ!まだ高校生だからねっ!」 俺も疲れ果てて朦朧としていたので、考える暇もなく鶴屋さんに部屋に案内された 「キョンくんはこっちでハルにゃんはその隣、すぐに布団敷くから それからお風呂は男女別で後で夜食持ってくるからねっ でもその前にちゃんと家に電話しなさいっ あたしは自分の部屋にいるからさ、何かあったら内線の2番に電話するがいいにょろ」 部屋に通された俺はとりあえず家に電話をかけた 突然の俺の外泊に母は怒り狂い、妹は電話の向こうで誰と一緒なのかを必死で叫んでいる 俺は正直に鶴屋邸に泊まる事を申告した すると突然母の態度が変わり、丁寧な口調に変わった ちゃんと敬語で話しなさいとか鶴屋さんに迷惑かけないようにとか やはり鶴屋さん、さすがと言うか何と言うのか いったいどれほどの悪事を働けばこんな名士になれるのか 電話を切ってから風呂に入り、戻るともう布団が敷かれていた ボロ雑巾のようにぐったりと眠りこもうとすると、部屋の襖が開いた 「ちょっとキョン、こっちに夜食が届いてるわよ」 ハルヒの部屋に呼ばれて入り、おにぎりと漬物の軽食をいただいた 風呂上がりのハルヒは鶴屋家の浴衣に着替えており ほんのりピンクに上気したほっぺたが以外とかわいい 2人とも疲れきっているのでほとんど会話もなく、食い終わった俺はおやすみを言って立ち上がった するといきなり浴衣の帯を引っ張られた ハルヒの馬鹿力に引き倒され、俺は布団に崩れ落ちた 何するんだよハルヒ 「・・・・・・」 布団の上に転がされた俺をハルヒの目がじっと見下ろしている それは、俺が初めて見る優しい目だった 「キョン」 ハルヒ・・・・・・ 「・・・・・・しょに・・・て」 はい? 「いっしょに・・・て」 はぁ? 「もう!バカキョン!」 ハルヒは俺の頭に腕を巻きつけ、ヘッドロックで締め上げてくる これだけ疲れてるのにまだ暴れたいのかこのアホゥは 素早くハルヒを振りほどいて抜け出す 身構えているとハルヒがまた優しい目に変わった 小さい頃の母を思い出すような優しい目を俺は見つめ ハルヒが言いたい事をすぐに理解した ハルヒ・・・ 「キョン・・・」 結局用意された俺の布団は使われずしまいだった 翌朝になって飛び込んできた鶴屋さんはすぐに状況を察知して 「うんうん・・・・それでいい、それでいいのさ。世界平和が一番だよっ」 と悟りを開いた僧侶のようにありもしない顎鬚をなで ニコニコしながら朝食を用意してくれた 白いご飯に豆腐の味噌汁、アジの干物にだし巻き、海苔と梅干という 素晴らしきかな和風の朝食を平らげた俺とハルヒは、鶴屋家差し回しの車でそれぞれの自宅に送ってもらった ハルヒは朝からほとんど口を利かかなった ありがたい事に昨日は金曜日、つまり今日と明日は休みだ 俺はこの2日間は全力で眠ることにした さっそくのように妹が昨夜の俺の行動について詳細な報告を求めてくるが 悪いが妹よ、お前が大人になるまでは倫理上話す事はできない すでに妹と変わらないぐらいに大きく成長したシャミセンを抱かせ、俺は部屋のドアを閉めた 階下では母親が大騒ぎしながら鶴屋家に出すお礼状の書体について頭を悩ませている まだ朝の時間帯だし、体は疲れているのに眠気は訪れない 俺は昨日の事をぼんやりと考えていた あの誘拐未遂事件から始まって、空から降ってきたハルヒを助け あの異世界で古泉と朝比奈さんのすさまじい戦いをこの目で見た 復活した長門の超高速攻撃を目の当たりにし、最後に長門の涙も見た そして鶴屋家でのハルヒとの一夜 目を閉じたハルヒの美しい顔 無防備な姿で俺の全てを受け入れてくれたハルヒ 俺の背中にしがみついて爪を立てたハルヒ くそっ なぜここで長門の涙が浮かんでくるんだ あの時長門は二度、涙を見せた 初めはハルヒに頬を叩かれた時 そして二度目は長門の部屋でだ 長門・・・・・・ お前の涙は この俺に向けたものなのか? 肉体再生にエラーが頻発すると言ったのは、俺がハルヒとこうなってしまったからなのか? だとすると長門・・・ もしかしたらお前はやっぱり 俺の事を? ・・・・・・・・・・・・ 「キョンくーん!ごはんだよー!ごっはん!ごっはん!」 うるさい妹に飛び乗られて目が覚めた まさしく世界で一番悪い目覚めだ もし長門ならどんな起こし方をしてくれるだろうか ハルヒだったら・・・・・・いややめておこう 結局土日をずっと眠ったままで過ごした 飯を食う時とトイレ以外、俺はほとんど布団を離れなかった そして日曜の深夜になり、突然携帯が鳴りだした 「やあどうも古泉です ちょっと今から出られませんか?」 俺は深夜の街を自転車で飛ばしていた 古泉からの電話はそう複雑な用件ではなかった 「いろいろ整理するためにお話ししましょう」 ずっと寝ていたので眠気もほとんどなく、あいつらから話も聞きたかったし、朝比奈さんにも会いたかった そしてもちろん、長門の様子も気になっていた いつもの公園、SOS団御用達の変人の集合場所についた すでに古泉と長門が待っていた 長門の傷はもう回復したのか、いつもの水色のセーラー服がなぜか哀愁を感じる 「どうも、お呼び立ていたしまして」 相変わらずニヒルな古泉のスマイルだが、あの時のすさまじい戦闘を目の当たりにしているだけにやけに頼もしく感じてしまうのはなぜだろう? 「お疲れは取れましたか?」 ああおかげさんでな。ずっと寝てたから目が冴えてきたんでちょうど良かった 「実は僕もなんですよ。涼宮さんに帰れと言われてから、ずっと気にはなっていたのですが さすがにもう起き上がる体力はありませんでした ベッドにひっくり返って、さっきまで眠っていました」 お前もすごい活躍だったな。かなり見直したぞ 「それはどうも。まさかあなたからお褒めの言葉をいただけるとはね、恐縮です」 ふん 長門はもういいのか?傷の具合は 「……」 長門はいつものようにゆるゆると首を持ち上げ、またゆるゆると元の状態に戻った この当たり前の反応がとても嬉しくもあり、そして悲しくもある ん?朝比奈さんは? 「朝比奈さんも無事です。さっき電話で確認しました ただちょっと混乱しておられるようなので、この場はご遠慮いただきました」 そうか、無事なら何も言うことはない 「前半戦でもっとも活躍したのは朝比奈さんですからね 彼女には本当に助けられました」 本当か古泉? 「ええ 序盤は防戦一方でしたからね。朝比奈さんの力がなければ僕一人で防ぎきれたかどうか」 どんな風だったんだ? 「まあ初めからゆっくりおさらいしましょう 今回は初めて、SOS団が分断された状態で始まった出来事でしたから あなたと涼宮さんが2人の時の状況と、残された我々の様子を確認していきたいんですよ」 長門がピクリと体を震わせた 相変わらず理論派だなお前は まあいいか俺も知りたい事がたくさんあるしな それから長いお互いの話をした 俺は鶴屋邸に行ってからの話をし、古泉からは長門のマンションから始まる長い話を聞いた 時折り長門に話が振られ、その都度長門は首だけを動かして有音無音の返答をした 「まさか戦う前から分断工作が始まっていたとは思いませんでしたね あなたが単独行動した時点で気付くべきでした 森さんたちがよく反応してくれたものだと思います」 そうだ 森さんの具合はどうなんだ? 「大丈夫ですよ。少々の打撲と転んだ時の擦り傷、そして着弾のショックで肋骨にヒビが入った程度です。彼女は一応独身女性ですから、お嫁に行けなくなるような最悪の事態は免れたと思います」 お前、自分の上司にそんな言い方してもいいのか? 「まあいいでしょう。今回僕はかなり株を上げましたからね 僕がもたらせた情報は今後の大いに参考になると思います」 そう言って古泉は俺の耳元に口を寄せてきた 「実はあの夜、森さんも鶴屋邸に泊まっていました。ひと晩安静にするために。これは秘密にしておきますが」 うへっ って事は 俺とハルヒの一夜が機関には筒抜けになっているのか? 「機関はこれをいい傾向だと考えています と言うよりも機関の全員がとても喜んでいるのですよ」 古泉はそこでチラリと長門を見た 「一部の人たちを除いて、ね」 それ以上言うな古泉 お前を殺さなくてはいけなくなる 「分かりました」 それはいいから、今回の総括をしてくれ 古泉はおもむろに前髪をさらりとかき上げ 「では最初から行きましょう 事件の発端はあの転校生とオーパーツです オーパーツには不思議な力があるようです 何かのエネルギーを貯め込む機能のようなものです 電気エネルギーとか核エネルギーなどというものではなく 目に見えない何かのエネルギーです」 「生体エネルギー…に近いもの。でも少し異なる」 「生体エネルギーですか?」 「そう。言語では概念を説明できない また統合情報思念体にも説明できない不可思議なもの」 「例えて言うと、怒りとかそんなものですか?」 「可能性はある」 なんて物騒なエネルギーだよそれは ハルヒの所にに来なくて本当に良かったな 「なるほどね とにかくそれが鶴屋山に埋まっていました はたして本当に3百年前のものなのか、それは分かりませんが それにあの新入生が引き寄せられてきたのです」 「あの女子は、新入生ではない」 「新入生ではない?」 「そう。彼女は私たちだけにしか見えない存在」 「私たちと言うと?」 「涼宮ハルヒ以下、SOS団のメンバー、及び佐々木率いるチームSOS」 おい長門、その名前はやめようぜ あいつらにSOSの名前はふさわしくない 「……そう」 「まあとにかく、あの新入生がオーパーツを使って、自分の世界の再生に利用しようとしたようです ところがなぜか彼女はSOS団ではなく、佐々木さんの方に話を持ちかけたようです 向こうでどんな話になったのかは分かりませんが、乗り気になったのは周防さんのようですね」 周防ね あの壊れた小さいダンプカーか 「ええ。考えてみればその時からすでに彼女の暴走は始まっていたのかもしれませんね。自ら進んで戦いのエネルギーを放出しようだなんて。これがSOS団に来ていたら、涼宮さんが絶対に阻止していたことでしょうけど」 古泉、お前本気でそう思うのか? 「当然ですよ。まさかあなたからそんな質問が来るとは思えません あなたは涼宮さんがオーパーツを手にしたら、ここぞとばかりに大激怒エネルギーを異世界中にまき散らすとでもお思いですか?」 …… 「とてもあなたとは思えない発言ですね。悲しい事です 涼宮さんを一番よく知るあなたが、冗談でもそんな事を仰るとはね」 分かった分かった そんなに本気で怒るなよ古泉 訂正いたします 「失礼しました。別に本気で怒るつもりもありません オーパーツが先に向こうの手に渡ってしまったことが大きかったですね それと結果論ですが、あなたが鶴屋邸に行く事もなかったのではないかと」 ああ あれは軽率でした 「橘京子の組織はそこまで予想していたのでしょうね オーパーツが紛失すれば鶴屋さんはまずあなたに連絡をとる 責任感の強いあなたは絶対に鶴屋邸に来る 長門さんが動けない状況であなたも閉じ込めてしまえば、戦わずしてもう負けが決まっているようなものです ここはただひたすら、森さんの機転に感謝すべきです」 確かにそれは言えるな まさか銃まで出てくるとは 「銃はあくまで脅しのつもりだったのでしょう あの住宅街で発砲すればそれこそ大騒ぎです 鶴屋家まで巻き込むことになってしまいますから それは重大な規則違反ですからね」 おい古泉 鶴屋さんは橘京子の組織にも絡んでるのか? 「そこは限りなくグレーゾーンです。我々にもはっきりしたことは分からないのです。ただ、鶴屋さんの様子を見る限りはその可能性は高いですね」 俺はひそかに鶴屋さんとの会話を思い出していた 鶴屋さんは面白ければそれでいいと言っていた どっちの味方をするわけでもなく、ただ面白い事をしている人間に金を出して傍観する、そんなのが楽しいんだよとか言ってたっけ 罪な事をしますね、鶴屋さんも 「結局鶴屋家も巻き込む騒動になってしまったのですけどね 怪我の功名というか、事件の後始末は極めてスムーズでした 鶴屋家からも相当な圧力がかかったのでしょう 暴力団同士の小規模な縄張り争いということで、マスコミにもほとんど漏れていません そうしてあなたが脱出していた頃、長門さんのマンションに佐々木さんたちが乗り込んで来ました 藤原氏の時間操作なのか、周防さんの能力か、世界一セキュリティの高い長門さん宅に無断侵入してくるとはね まだその時点では僕もそう焦ってはいませんでした 長門さんが寝ていても、そしてあなたがいなくても こちらにはまだ涼宮さんがいます 涼宮さんがいる限り、本当のピンチにはならないと確信していましたから ですから涼宮さんがどこかに飛ばされたのには心底驚きましたよ しかも我々も異世界に移動している 眠っている長門さんと、慌てる朝比奈さんをどうしようか、かなり焦りましたね」 まさに分断工作だな 実にややこしい事をしてくれたもんだ 「ええ あなたから話を聞くまでは、どうしてこうも複雑な過程なのかと頭を悩ませました 序盤は全く厳しい戦いでした 朝比奈さんは泣きそうになっているし、長門さんは起きないし 正直僕一人でどこまで防げるのか、全く自信がありませんでした」 「……ひたすら申し訳ない」 「長門さんを責めるつもりはありませんよ 予想しても防げるものではありませんから まさかこれほど複雑な作戦になっているとは 誰も予想できませんでしたからね」 おいちょっと待て古泉 だからと言って何で戦闘になったんだ? ハルヒも言ってただろう? クールなお前が率先して戦い出すなんて 俺にも信じられないぞ 「これは言い訳にまってしまいますが、どうしようもありませんでした 問答無用で周防九曜が攻撃を仕掛けてきたからです 朝比奈さんの裏技がなかったら、朝倉涼子の登場まで持ちこたえられたかどうか」 その朝比奈さんの裏技も解説してくれ 「あの異世界に呼び寄せられてから、僕の能力が発揮できるようになりました つまりあそこも閉鎖空間に近いものがあったのでしょう 朝比奈さんも同様です TPDDの使用制限が解除され、彼女は自由に行動できるようになりました あなたはきっと喜ぶと思いますが、朝比奈さんの活躍は素晴らしいものでした 周防九曜の攻撃が当たる寸前に時間移動を発動して、光線が通過した後にまた元に戻します。それを1秒間に何度も繰り返すのですから、もう奇跡としか思えませんね。藤原氏が漏らしていたのですが、TPDDをあのような戦闘に使用したのはおそらく朝比奈さんが世界で初めてではないかと かくいう僕も何度も時間移動しました 160回目ぐらいまでは数えていたのですが、それからはもう」 お前も余裕があるというのか暇だというのか、ご丁寧なヤツだ 「それを朝比奈さんは長門さんにも自分自身にも発動していたのですから おそらくあの時間だけで千回以上は繰り返していたのではないかと」 俺は朝比奈さんが活躍するシーンを思い浮かべてニヤついていた 「ふぇっ!」とか「わたたっ!」とか叫びながら、必死でこいつらを守っていたのか SOS団専属、いや俺専用の癒しマスコットがそんな活躍をしていたとは 「顔が蒸しすぎた蒸しパンみたいになってますよ」 古泉に言われて慌てて顔を引き締める 何だかこいつもハルヒ流の比喩が使えるようになってきたな 気のせいか、長門の視線までもが冷たく感じるのはなぜだ ん?ちょっと待てよ古泉 朝比奈さんは最後に7億年前に遡ってきたと言わなかったか? 確か4年前より昔には行けないって言ってなかったか? 「僕はそんなものは初めから信用いてはいませんよ 誰が朝比奈みくるの仮説を証明できますか?」 そうか、お前らは一応敵同士でもあるんだな 「別に敵というわけではありませんよ。ただその件に関しては意見を異にしているというだけで 彼女は最初からもっと過去に遡行できたのかもしれませんし、涼宮さんの力が働いたのかもしれません それに出発したのがあの異世界ですから、もしかしたら次元断層を通らずに遡行できたのかもしれません」 ふん、どうとでも都合よく解釈できるってわけか。まさにハルヒさまさまだな 「その件に関しては同行した藤原氏も認めているのですから 間違いなく7億年前に行ったのだと解釈してよろしいんじゃないでしょうか」 まあいいけど、ちゃんと戻って来れたんだからな 「では話を元に戻しましょう その頃あなたは涼宮さんと合流した これが敵の最初の大誤算でしたね」 ああびっくりしたよ全く ハルヒが空から降ってきたんだからな 「あなたを戦闘圏外に拉致し、涼宮さんをあの場から放り出せば向こうは一気に有利になります。まさに森さんに感謝すべきですね」 はいはい くれぐれも森さんや新川さん、多丸兄弟によろしく 「そこでついにジョン・スミス発動ですね」 いや本当はもう少し先延ばしにしたかったんだけどな 佐々木まで出てきたんで仕方がなかった ハルヒにはできないとか脳なしだとか言われて さすがのハルヒが凹んじまったからな 元気を出させるために仕方なくそうした 「すんなり言えたのですか?涼宮さんはすぐに納得したのですか?」 そこはちょっと禁則にしてくれ古泉 いろいろあったからな 突然物が言えなくなったりした 「したんですか?あの時のあれを?」 古泉、頼む 今は言いたくない 「長門さんの前では、でしょう?」 ……禁則だ 「分かりました。それは置いておきましょう 朝倉涼子を呼び出したのは涼宮さんですね?」 それは間違いないと思う 朝倉が自分でそう言ったんだろう? 「ええ、確かに彼女がそう言いました あの時まだ長門さんは封印されていました そして涼宮さんは、朝倉さんとあなたの間にあった事は知らないはずです かくいう僕や朝比奈さんも、朝倉涼子の事はほとんど知りませんからね 涼宮さんはなぜ朝倉さんを呼び出せたのでしょうか?」 おい古泉 お前の誘導尋問にはほとほと飽きた いいからさっさと続けろ 「つまり涼宮さんはあなたの思考を読み取ったのだと思いますよ 手の届かない異世界で、情報統合御思念体すら存在しない世界で 長門さんが動けない状態で周防九曜と互角に戦える存在 あなたの潜在意識のどこかに朝倉涼子の存在を感じたのでしょう 涼宮さんは絶体絶命のピンチの時にあなたを頼っていたのです まさに僕の分析通りでしょう?」」 俺は無意識に古泉の胸ぐらを掴んでいた やめろ古泉 ここでその話をするな 少なくとも、長門の前ではやめろ 「本当にそれでいいのですか?」 古泉が俺の手首を掴んでいた 振りほどこうとしたが無理だった 古泉は盤石の力で、俺を押さえていた 「あなたは少し、自分中心に物事を考え過ぎです それでは悪い状態の時の涼宮さんと同じではないのですか? 全ての人間が、全ての女性が自分を中心に行動しているとでも?」 初めて見る古泉の剣幕に、俺はちょっとひるんでしまった 古泉の目は本気だった ケンカならいつでも受けて立ちますよ そう訴えかける古泉に無謀にも戦いを挑むほど、俺の戦闘経験値は高くはない いや、人生円満が信条だった俺にケンカの経験などあるはずがない 俺が手を放すと、古泉はニヤリと微笑して胸元を整えた 「まあいいでしょう。話を続けます 朝倉涼子の出現で再び戦局が変わりました 実はこの時もかなりのピンチでした 朝比奈さんの裏技を藤原氏が察知してからはね 彼は先を読んで時間移動し、朝比奈さんを混乱させました 藤原氏と周防九曜の間にコミュニケーションがとれていれば、かなりの難敵だったでしょう。つまり、あらかじめ攻撃する相手を決めてから藤原氏が時間移動させる。そして元に戻った直後、朝比奈さんが反応する前に攻撃をかけたら、こっちはお手上げです。守ろうにも相手がいないのですから 僕の能力もあの世界ではかなりパワーアップしていました 周防さんの矢が何本か刺さりましたが、不思議とダメージはありませんでした 朝比奈さんにも何度か命中したように見えたのですが、不思議ですね。彼女が傷ついていたようには思えませんでしかたら」 それはあれだよ古泉くん 朝比奈さんのあの癒しオーラはどんな攻撃も受け付けないって事だ 「ほらまた 長門さんに言いつけますよ」 ぐっ すまん古泉 長門がむっくりと首をもたげ、宙の一点を見つめていた 「朝倉涼子は長門さんを守りながら攻撃もしていました 1年前のあなたの気持が少し分かったような気がしますね 同じTFEI端末でも長門さんとはまるで違っていました やはり彼女は戦う事を楽しんでいるようにも見えましたから 今回の敵でなくて良かったと思いますよ しかし敵もさるものです 周防九曜は第2形態に移行しました それまでは指先から小さな光線を放つだけだったのですが ここに来て髪の毛で槍を作るという攻撃に切り替えてきました その槍が何本も同時に飛んでくるのですから 朝倉涼子の登場で数の上では同等になりましたが、それでも攻勢に転じることはできませんでした 僕は橘京子の相手に精一杯で、朝比奈さんは相変わらず朝比奈さんでした その時あなたは何をしていたのですか?」 ああその頃はたぶん パズルを解いてた 「パズル?」 パズルっていうかクイズだな 算数クイズ そうそう長門さん 俺に問題出す時はこれからは文系問題でお願いしたいのだが おかげで俺はハルヒに説教される始末だったんだぞ 相変わらず宙の一点を見つめていた長門は、UFOキャッチャーのクレーンのようにゆっくりと首を回転させ、ゆっくりと視線を上げた 「……検討する」 「それはもしかして、長門さんが作った鍵だったのですか?」 そうだろ長門? お前が残してくれた抜け道なんだよな 「そう。あなたの知能に合わせてレベルを考慮したつもり」 やれやれ それはどうも痛み入ります ハルヒはすぐに分かって嬉しそうにしてたけどな 俺がなかなか分からないからイライラしてた 何度も頭ペチペチ叩かれて、まだ分からないのかこのバカってな 「こちらが大変な時に、仲むつまじくて結構ですね」 すまん古泉 言い訳のしようがない 「問題を教えてもらえませんか?」 額縁の枠に数字がずらずら書いてあった その数字を読んで、額縁を正しい向きに直すって問題だ 俺は一応あの問題は自力で解けたので、胸を張って古泉に報告した 「それだけですか?」 ああそうだよ古泉くん 「そんな簡単な問題ですか?」 えっ? 「それは小学校低学年レベルでしょう 誰だって3141529の数字を見ればすぐに理解しますよ」 そっそうか? 俺は長門の顔を見た 思いついた時ぐらいしか瞬きをしない長門の目が、俺を蔑んでるような気がした 「………」 まあいいや古泉 話を続けよう 「はいはい 我々は防戦一方でした あなたと涼宮さんが時空の壁を越えてきた事にも気付きませんでした いつあの世界にきたのですか?」 たぶんそれぐらいの時だと思うぞ 俺たちが行った時はもう朝倉がいた お前は赤い光になっていて、朝比奈さんはチカチカ点滅していた 「それは、激しすぎるタイムトラベルのせいでそう見えたのでしょう」 長門はまだ寝ていた 「……」 ハルヒが突入しようとしてバリヤーに体当たりして鼻を思いっきり打った それで手でこじ開けようとしてる時にまた佐々木が現れた 「手で開けたんですか?」 ああハルヒのバカ力だ 封印されてた長門のマンションのバリヤーもハルヒが手でこじ開けた 「実に涼宮さんらしい問題の解決方法ですね」 だけどあっちのバリヤーはそうはいかなかった 佐々木はハルヒに変な霧みたいなのを吹きかけて、ハルヒを無力にさせた 「佐々木さんにそんな能力があったのですか?」 それを俺に聞くな古泉 こっちが聞きたいぐらいなんだからな 「最初に飛び込んできたのはあなた1人でしたね どうやって入ってきたのですか?」 えっと…確か…… 閉じ込められたハルヒがふにゃふにゃ言い出してどうしようもなかったから とりあえず俺が突入した 「全然説明になってませんね。また何かあったのでしょう?」 やれやれ全く 霧みたいなのに包まれて動けなくなったハルヒは、自分の力の無さに悲しんでいた。今まで何も気付かずにごめんとか、助けに行けなくてごめんねとか ぶつぶつ言ってたから俺が突っ込んだ 「もう少し詳しくお願いします」 うるさいな古泉 「僕の詮索好きはとうにご存じのはずです 話せる範囲で構いませんから、お願いします」 ハルヒがそう言って泣き出したんだよ 長門の事も、朝比奈さんの事も、そして古泉、お前たちを助けに行けなくてごめんって、そう言って涙を流していた 「涼宮さんがですか?僕たちのためにそこまで?」 ああそうだよ 鶴屋さんにも森さんにも言われた ハルヒはああ見えてもそんな女なんだ 自分で全ての責任引っかぶってメソメソ泣いてる あんなハルヒは正直見たくなかったね 「そうだったんですか…涼宮さんが…」 古泉はそうつぶやいてそっと目頭を押さえた 塑像のように動かなかった長門すら、前髪を直すふりをして目元に手を当てた 「それであなたは逆上してしまったんですね」 逆上とか言うな古泉 「その先は十分すぎるほど想像できますね めったに見れない涼宮さんの涙を見たあなたは逆上して、佐々木さんに襲いかかった。しかしあっさりとかわされて勢い余ってこちらに突入した」 くっ 言いたくないけどその通りだ 「それだけで通り抜けられるほど弱いバリアーだったとも思えませんけどね 涼宮さんにはできなくてあなたにはできた それももしかすると涼宮さんの力かもしれませんね 自分はできないけど、あなたにならできる。そんな涼宮さんの思いがあなたにバリヤーを通過させた」 ふん 何でも適当に言ってくれ 「後は僕たちも見た世界ですから、飛ばして行きましょう 突入してきたあなたにすぐに周防九曜が反応した 襲いかかる槍にあなたは対処できない」 ああ 悪い事をしちまったぜ まさかあそこで朝倉に助けられるとは思わなかったよ 「朝倉涼子と何か話はしましたか?」 えっと、ごめんねとか、自分の事を悪い思い出にしないでほしいとか言ってた 「あなたはそれを許したのですか?」 許すも許さないも、もう1年も前の話だ それに俺の命を救ってくれたのだから、もうそれでいいだろう 「長門さん?」 「…?」 「朝倉さんとは今も連絡は取れるのですか?」 「……取れていない。あれ以来」 「あれ以来と言うのは1年前からと言うことですか?」 「違う。金曜日の夜以来」 「ほう…これは非常に興味深い」 何が興味深いんだよ古泉 また何かたくらんでるのか? 「いえ、そんな事はありませんよ」 その時突然、ぼんやりした目を宙にさまよわせていた長門が バネ仕掛けのおもちゃのように急に俺に視線を向けた 「……忘れないで」 ああもちろんだとも長門 あいつに助けてもらった恩はずっと忘れない そして・・・お前に助けてもらった事も 「違う。そういう意味ではない」 え? じゃあどういう意味だ長門? 「それは……禁則事項です」 長門が実に珍しく、ボディアクションまでした まさに朝比奈さんの真似をするような動きで、軽く自分の唇に触れ、そして不器用に片目をつぶった 長門?それはいったい? 「いずれ分かる」 古泉がコホンと空咳をした 「さ、さて、話を続けましょうか。そろそろ終盤です 朝倉涼子は消滅しましたが、あなたは無事です オーパーツを持ったあなたに再び周防さんの槍が襲いかかります そして…」 「……」 そこで長門が背筋をピンと伸ばした 胸を張るように、その薄い胸板を突き出している 「……お待たせして申し訳なかった」 「不謹慎ですが、団長がいないので思い切って告白します 長門さんが眠りから覚めた時点で、我々は勝ったと思いましたね。僕らしくない事ですが まだあの時は涼宮さんは登場していませんでしたが、明らかに涼宮さんの力の影響は感じていました。すぐ近くまで来ているのだと確信しました ここからは攻勢だと思ったら、長門さんはバリヤーを強引に突き破って涼宮さんをこちらに引きずり込みました。まさに涼宮さん流です 長門さん?」 「…?」 「眠っていた時の記憶はありますか?」 「ほとんどない」 「少しは?」 「ある」 「目覚めた時に何かを感じましたか?」 「いろいろ」 「それはもしかして、怒りという感情だったのではないですか? 長い時間眠らされていた相手に対する怒りとか?」 「……」 おい古泉 もうやめてやれ 長門の感情を操作しようとするな とにかく目覚めてくれて、助けてくれたんだからそれでいいじゃないか 「もちろんですよ 長門さん、失礼な発言をしてしまいました。お詫びします ただあの強引な涼宮さんの引っ張り方がちょっと不思議だったもので」 「…別にいい」 「これでついにSOS団全員が登場したというわけです それまでは実に厳しい戦いでした モンスターからの先制攻撃でいきなりマホトーンとバシルーラを同時にかけられたようなものですからね」 その例えは実にナイスだぜ古泉 ついでに甘い息と馬車の扉閉めと しかもパーティーに残ったのは盗賊と遊び人だけだ。いやせめて踊り子にしておこうか 「まあいいじゃないですか それにしても最後の涼宮さんの行動には意表を突かれましたね まさか叩かれるとは思いませんでした あなたは涼宮さんが力を自覚して、最初に何をすると思いましたか?」 そうだよそれそれ まさかハルヒが全員を叩くとはな 俺なんか2回もグーで殴られたぞ ハルヒが登場した時、あいつは間違いなく怒りのオーラに満ち溢れていた 俺が今まで見たことないぐらい、怒髪天を衝くってやつだったからな それがいきなり『やめなさい』だったからな 「ええ 僕も一番それを恐れていました その時はもうあなたがジョン・スミスをもう発動していると思っていましたので 開口一番世界を作り直すのではないかと、まさかそこまではしないとも思いましたが あんな結末になるとはね」 ああ あの時は確かに思った さすがは俺たちのSOS団団長だってな 「全くその通りですね 団長の面目躍如です 結局周防九曜と朝倉涼子は除いて、誰1人欠けることなく全員が戻って来れたのですから」 あの新入生もな 「…あの子は帰ってくる」 そうか、そう言ってたな長門 「……」 その時の長門の沈黙の理由は、後で知ることになるのだが それはまた別の話 「長門さん?」 「…?」 「周防九曜の事についてもう少し説明していただけませんか?」 「周防九曜は限りなく異質な存在。我々にも理解できない 天蓋領域がなぜあのようなインターフェイスを送ってきたのかさえ不明 ただし、周防九曜には致命的なエラーがあった」 「エラーですか?」 「そう。周防九曜と天蓋領域の間には永続的な接触手段が存在していない 私や朝倉涼子は常に情報統合思念体と接続している 何らかのアクシデントで仮に接続が断たれた場合のみ 私たちは自分の判断で行動する。でもこれは極めて例外 可及的速やかに情報統合思念体との再コンタクトが要求される でも周防九曜は別 初めに存在条件だけを入力された周防九曜は 全て自分の判断で行動していたものと思われる その間に蓄積された知的経験値やエラーの概要などは天蓋領域には全く伝わっておらず 分析もできなければ修正を施す事もできない 周防九曜はそうして暴走を始めたものと思われる」 すまん長門 覚悟はしていたんだけどやっぱり理解できん 「つまり言いかえるとこういうことですね 現代のGPSと昔の慣性航法の違いのようなものですね?」 おい古泉 お前分かって言ってんのか? 「あなた用に分かりやすく言い換えてるんですよ こういう事です 現在の航空機や船舶その他の交通機関はほとんど全てGPSを使用しています この地球上で自分の位置を知るために衛星からの信号を受信します その位置情報は常に更新されており、誰でも最新の現在位置を知ることができます それが発明されるまではどのような仕組みだったかご存知ですか?」 ああそれは 確か星を見て角度を測って 「それは天測航法ですよ いつの時代の話をしているのですか? それまではジャイロ原理を利用した慣性航法を使用していました 出発前に現在位置を掌握してその情報を入力し、後は移動するたびにジャイロが加速度を検出して現在位置を予想していきます しかしこれはあくまで予想ですから、実際の現在位置とはある程度のずれが出ます 陸上を移動する交通手段とは違って船や航空機ではそれは大きな問題になりました 目的地と実際に到着する場所が数百kmも離れていたなんて、初期の頃にはしょっちゅうあった出来事です つまり周防九曜にインプットされた情報は最初に入力されていたもののみで、長門さんや朝倉さんのように常時アップデートができない環境に置かれていた彼女は、実際のデータと照合してくれる対象がなく、その結果エラーを誘発してしまい、当初の目的の行動にたどり着けなくなってしまったと、こんな感じですか?」 「…かなり近い…補足説明に感謝する」 このあたりで気付くべきだったのかもしれない 俺に対する長門の反応と古泉に対するものが 若干の変化の兆しを見せ始めている事に 「となると天蓋領域もそのままで終わるとは思えませんね長門さん 今回の失敗で学習して、次からはアップデート可能なインターフェイスを用意してくるとか」 「可能性はある」 「対処はできますか?」 「できる。必ずする」 長門 もうちょっと教えてくれ 周防九曜とあの新入生はどうなったんだ? ついでに朝倉涼子も それからあの世界はいったい何だったんだ? 「あの異世界はこちらからは観測不能。実際に存在するものなのかも確認できない 情報統合思念体も困惑している わたしからの誤情報ではないかと懸念している」 だけど朝倉も実際あそこにいたんだし 「あの異世界にいた朝倉涼子と情報統合思念体にいた朝倉涼子は別物 混同はできない」 でも俺を襲った記憶はちゃんと持っていたぞ 「それに関しては涼宮ハルヒの行動を解析するしか方法はない つまり不可能 朝倉涼子がどうなったのかは現在でも不明 この時間平面にも存在していない」 ということはハルヒに呼び出されるまでは存在していたのか? 情報統合思念体の中で? 「そう」 つまり故郷に帰ってたってことだな? 「そう……でもあなたの気分を害すると思ったので報告しなかった」 俺に気を使ってくれたのか 小さな頭がコクリとうなずく 「朝倉涼子は消滅してはいない。私はそう信じる」 またひょっこり情報統合思念体に帰ってくると 「…………」 長門の沈黙はいつもより長く続いた 俺は話題を変えた方がいいと思った じゃ、じゃああの新入生と周防九曜は? 「新入生はまだあの世界にいる。しかし彼女は困惑している 涼宮ハルヒはオーパーツを彼女に渡すべきだった しかし涼宮ハルヒがそれを持って帰ってきてしまったので 彼女は自分の世界を再生する事ができず また自力ではこの世界に来ることができない あの時の涼宮ハルヒの行動は全く意味不明 分かりやすく言うと、ただの新入生いじめ」 長門にしては分かりやすい比喩表現だが ということは向こうで周防と一緒に暮らしている可能性もあるっていう事か? 「その可能性はない。周防九曜は消滅した」 消滅? 「そう。暴走した周防九曜は非常に危険な存在。だから私が殺した」 長門さん、良い子も見てる可能性がありますから あまり暴力的な表現は自粛しましょうね 「私が息の根を止めた」 おい長門 「首をへし折って殺した」 …… 「いかなる高度な生命体でも、たとえ人工生命体であっても、情報の処理器官である脳との伝達器官を遮断されると生命維持機能は停止する。それはわたしも同じ。 周防九曜を生かしたまま、あの場所に放置するわけにはいかなかった だから首をへし折って息の根を止めた あの場所では天蓋領域が情報を回収することもできない よって、周防九曜は完全に消滅した」 俺はその時、長門がとてもダークな存在に見えた 古泉までもが口をパクパクさせている 長門・・・ お前もしかして…やっぱり怒ってたのか? 「……私にも……少しぐらいのプライドはある」 分かったぞ長門 何か言われたんだなあいつに 「………そう」 それは…やっぱり禁則なんだろうな 「その通り」 分かりました 長門が怒ったシーンは今までに何度か見たことはある しかし、普段面倒がって言葉にする事の少ない長門がこれほどまでに口汚く罵るとは、周防九曜はいったい何を言って長門をここまで怒らせたのだろうか いつか長門さんのご機嫌が最高にいい時があれば、後学のためにぜひご教授願いたいものだ かなり長い間話しているうちにもう空がうっすら明るくなっていた やばいなこれは せっかくたっぷり眠ったのにこれじゃまた寝不足だ 少しでも寝ておかないと 話も終わりが見えてきたので俺は立ち上がった じゃあな古泉 「ご苦労様でした 長々とお引き止めして申し訳ないです」 いいってことよ いろいろ聞けてよかった 「こちらこそ。涼宮さんがどれだけ僕たちの事を真剣に考えていて下さっていたのかが分かりましたから。ちょっと涙ぐんでしまいました」 それはよかった 長門・・・いろいろありがとう また命を助けてもらったな 「こちらこそ面倒をかけた」 えっと、その…… 済まなかった 「……さようなら」 長門… 「…わたしは大丈夫」 そうか じゃあまた明日、っていうか今日か また部室でな 俺は古泉と長門に別れを告げ、自転車にまたがった ひんやりした夜の空気が顔の前を流れて過ぎていく 自分の取った行動に後悔なんかはしていないけど 長門の寂しそうな表情をこれ以上見ていられなかった でももう一言だけ、言いたい言葉があった さようならの意味が知りたかった [[リンク名 涼宮ハルヒの共学 5]] その5に続く
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1073.html
翌日の朝。自室のベッドの上で目を覚ました俺を襲ったのは、恐ろしいほどの肉体的疲労感と精神的脱力だ。 なんなんだこれは。立って起きあがることすらできねぇ。まるでフルマラソンか、トライアスロンに訓練なし、 準備体操なしで突撃敢行後のようだぞ。 近くでじりじりと鳴っている目覚ましを止めようと手を伸ばすが、それすら適わない。 「まずい……このままだと……」 「キョンくーんー、あさーさーさーさーあさー♪」 いつものようにノックなしで訳のわからん歌とともに俺の部屋に現れたのは我が妹だ。。 「起きない遅刻するよー。早く早くー」 とまあ、布団に潜りっぱなしの俺に乗っかってドカドカと騒ぐもんだからまるで拷問だ。 いつもなら寝ぼけてあまり気にならないが、今日は変に意識がはっきりとしている上に全身筋肉痛っぽいので、 痛くてたまらん。だが、それでも身動きもできないんだから、俺の身体は一体どうなっちまったんだ。 いつまでたってもベッドから出てこないことに業を煮やしたのか、ついに我が妹は最終手段を行使した。 布団を強引にまくり上げ床に放り落とす。そして、仰向けになっていた俺の顔面に迫ってきたのは……シャミセンのケツだ! 「うおわ!」 火事場の馬鹿力ってすばらしい。俺は布団から飛び起き、部屋の隅に逃げ出す。危機一髪だった。 危うくおはようのキスをシャミセンのケツで完了しかねなかったぜ。いつもそんなものをしてくれる人はいないけどな。 「あーキョンくん起きたー。シャミはすごいねー」 「にゃあ」 全く脳天気な会話してくれるもんだ。一気に目は覚めたけどな。 だが、全身の疲労感がなくなったわけがない。こんな状態でこれから学校に行かなきゃならんのか。果てしなく憂鬱だ。 ◇◇◇◇ 何とか歯を磨き、朝食を取り、ブレザーを着込み、学校に向かって出発だ。自転車を一漕ぎするたびに 身体が悲鳴を上げるぜ。さすがにだるそうな俺を見てオフクロが休めば?なんて言ってくれたが、 不思議と学校に行かなきゃならん気がするんで、登校を決行中だ。学校まで無事につければいいが。 ぜいぜいと息を切らしながらチャリンコロードを完了し、最後の早朝ハイキングコースに入る。 「ようキョン」 後ろから声をかけられて振り返ってみれば、谷口がいた。 「よう谷口」 「何だよ元気ねえな。風邪か?」 風邪だったらまだいいんだが……しかし、何だろうか。この感情は。ついつい谷口の顔を見つめてしまう。 これは――感激か!? 何で谷口の顔を見て感激しなければならないんだ!? おかしいだろ俺!? 「おはようキョン。どうかしたのかい?」 今度は国木田が登場だ。って国木田の顔を見ても同じ感情が生まれてきたぞ。なんだなんだなんだ。 しばらく、黙って谷口を見つめていた俺に不信感を抱いたのか、 「おいキョン、どうかしたのか? 普段から変わっているところがあるが、今日は格別に変だぞ――まさかっ!?」 谷口は大仰に声を荒げて、 「まさか俺に惚れたとか……!?」 「誰が惚れるかバカ!」 反射的に俺は怒鳴り返す。いいか、俺はれっきとしたノーマルなんだぞ。朝比奈さんを見ていれば身体がぽかぽかしてくるしな。 ん、これこないだも言わなかったか? しかし、谷口は疑惑の目線で、 「いいやわからねえ。何せあの超強力電波発信源・涼宮の連れだからな。どんな電波を受信しているかわかったもんじゃない」 「まあまあ、谷口。キョンも何だか疲れ気味みたいだから、あまりからかうと悪いよ。 そういう本質的な話はまた後でってことで」 おい国木田、それだとフォローになってないぞ。 そんな馬鹿話をしつつ、俺たちは学校に向かう。昨日も同じ事をやっていたはずなのに、今はこんな当たり前の日常が たまらなく楽しかった。 ◇◇◇◇ 何とか学校にたどり着いた俺がまず確認したのはハルヒだ。正直、教室の向かうまで姿がなかったりとか、 席そのものがなかったりとか、しかし、なぜ俺はこんな心配をしているんだとか、と内心はらはらしていたが、 ――いた。いつものように窓際最後尾の席でだらんと力なく机に寝そべっている。 俺はほっと胸をなで下ろし、次席に座った。すると、ハルヒは顔だけを上げて、 「おはよ、キョン」 「ん? ああ、おはようハルヒ」 ハルヒから挨拶をしてくるとは珍しい。ハルヒはまた机に顔を埋めると、わざとらしいほどの大きなため息をつき、 「あー、今日は学校を休めば良かったわ。何だかわからないけどものすごく疲れた感じがするのよね」 「何だ、おまえが疲れるなんて天変地異の前触れじゃないのか?」 「しっつれいね! あたしだって疲れるときぐらいあるんだから」 ま、ハルヒがこれだけな状態になっているんだから、何かあったことは確かだろう。 何一つも覚えていないが、恐らく昨日の夜から今日の朝にかけて。 俺はだらーと壁に背中を預けると、 「なあハルヒ」 「何よ」 「疲れたな」 「……そうね。本当に疲れた……」 ◇◇◇◇ 午前の授業終了後、俺は一限目から爆睡中のハルヒを放って教室から飛び出した。 かく言う俺も授業の半分近くは居眠りしていたおかげで、少し体力が改善している。 だから、今の内に顔を見ておきたい人の残りを確認しに行くってわけだ。 未だに何でこんな事をしようと思うのかさっぱりわからないが。 「あ、キョンくん」 「キョンくん、やーっほーっ!」 2年の教室前であったのは朝比奈さんと鶴屋さんだ。いつもながらお美しい朝比奈さんに会って感動するのは当たり前だが、 それ以上に感情を揺さぶったのは鶴屋さんの方だ。くそ、谷口の時は意地で押さえ込んだがもう限界だこりゃ。 「え、え、え?」 「おおっとと、ど、どうしたんだいキョンくん? あたしなんか悪いことでもしちゃったっけ?」 二人があわてるのも無理もない。ついにこらえきれなくなった俺の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ち始めたからだ。 理由はさっぱりわからんが、とにかく今は泣きたい気分になっている。 「ああ、いえ、ちょっと寝不足なんであくびをかみ殺しただけですよ」 「あーなんだいなんだい。驚かせないでくれっさ!」 ほっと一安心の表情を浮かべる鶴屋さん。全く今日の俺はどうかしている。いきなり泣き出すなんて、 端から見ると情緒不安定で青春まっしぐらな若者みたいじゃないか。 「やあ、これは皆さんおそろいで」 このタイミングで背後から急接近してきたのは古泉だ。俺は必死に目をこすって涙を吹き上げてから振り向く。 こいつにまで涙を見せたら、周りから本気で誤解されかねないぞ。 「なんだ古泉か。こんなところに何の用だ?」 俺は必死に感激していることを悟られないように言う。古泉は肩をすくめて、 「ちょっと朝比奈さんに用がありましてね。いえ、そんなに大したことではありません。 ちょっとした疑問を確認したいだけです。いいでしょうか? 少し人目のない場所の方がありがたいんですが」 「え? あ、はい。わかりました」 こら待て古泉。朝比奈さんを人気のないところに連れ込んで何をするつもりだ。 朝比奈さんもこんな野郎の口車に乗ってはダメですよ。 俺が古泉に抗議の声を上げようとするものの、鶴屋さんに止められる。ウインクして来るところを見ると、 どうやら任せてといっているようだ。鶴屋さんがそばにいるなら、まあ安心か。 とりあえず、俺はこの場を退散して、次の目的地に向かう。 「あいつなら何か情報を持っているだろうしな」 向かったのは部室だ。俺とハルヒの疲労現象。その原因を唯一知っていそうなのは長門ぐらいだ。 「長門いるか? ちょっと聞きたいことがあるんだが」 そう言いつつ部室にはいると目前に長門が出現した。俺が来ることを予測していたのか、 出入り口の前に立っていたようだ。 「来ると思っていた」 「そ、そうか。なら話が早い。昨日から今日の朝にかけてだが――」 「いわない」 きっぱりと言い切る長門。ここまではっきりと意志を示すのは初めて見た。そして、長門は続ける。 「あなたがそう言っていたと聞いている。わたしもその時の記憶は存在していないため、はっきりとしたことは不明。 情報統合思念体から送られてきた情報から得たことによる判断。あなたは自分がそう言っていたと伝えれば、 納得するだろうと言っていた模様。中途半端に思い出しても辛くなるだけだと」 何だよ、俺まで宇宙人・未来人・超能力者的秘密主義者の仲間入りかい。 俺自身にも言えない事っていったいなんなのやら。かえってきになるだけじゃねえか。 そんな俺に長門は一歩顔を近づけ、 「ただ、これだけは言える。そこでのあなたは勇敢だった。何ら恥じることはない」 ……どうやらとんでもないことがあったようだな。それこそ思い出さないほうがいいぐらいなことが。 俺自身がそう考えて言っているようだし、それで納得しておこうか。気にはなるが、知ってしまった方が後悔しそうだ。 俺はふっと笑みを浮かべると、 「ありがとな長門。何だかすっきりしたよ」 「わたしはあなたからの伝言を伝えただけ」 「でも、ありがとな」 「……うん」 ◇◇◇◇ 教室に戻ると、俺を待ちかまえていたのはクラスメイトの阪中である。 いかん、昨日のハルヒ球技大会参加要請をすっかり忘れていた。 もじもじと不安ありありな表情で俺に昨日の返事について聞いてくる阪中だったが、 「あーすまん、昨日ハルヒに参加を打診したんだが、つれない返事しかかえってこなかったよ。 あれじゃまず無理だろうな」 俺の言葉にどんどん落胆の表情になっていくのを見ると罪悪感にちりちりと苛まれる。 とはいっても、昨日のハルヒの感じじゃ参加なんてとても…… 俺はまだ机に寝そべっているハルヒの方をちらりと見る。昨日のハルヒだったら確実に返事は同じだろうが、 なぜか今日のハルヒからは別の返事が返ってくるような――根拠も何もないんだが、そんな気がした。 「ハルヒに直接聞いてみたらどうだ? 結構気が変わりやすい奴だからいい返事が返ってくるかもしれないぞ」 そう言って阪中をハルヒの元に行くよう促した。 ハルヒのそばに立ったもののなかなか言い出せない阪中だったが、やがて意を決したようにハルヒに球技大会以来を お願いした。端から見ていても痛くなるほどにお願い口調で頭まで下げている。 「いつもクラスの中で浮いているんだから、たまにはこういう行事に参加しろよな」 俺も援護するが、ハルヒは完全無視状態だった。眠っているわけではないようなので、こりゃダメか? しばらく沈黙が続いた俺たちだったが、やがてハルヒがすっと上半身を机からあげると、 「……ま、いいわよ。参加してあげる。何かスポーツでもしてすっきりしたい気分なのよ。運動不足なのか疲れ気味だし」 昨日とは正反対の言葉を返してきた。言い訳がましい事まで言って、全く素直じゃない奴だ。 「でも!」 ハルヒはこっちを振り返り、 「いい? やるなら優勝よ。一位以外はあり得ないわ! ふふん、今日の放課後から早速特訓だからね! いっとくけど、あたしの訓練は厳しいわよ! 覚悟してなさい! あと、キョンもボール拾いとして参加すること! いいわね!」 「何で俺まで」 と抗議するが、喜びを爆発させた阪中に遮られた。なんというかもう、ハルヒの手を握ってお礼を乱発し、 俺に向かっても頭を下げまくる。一体何がそこまでさせるのやら。 ――ただ俺も内心ではかなりうれしいことがあった。参加を了承したときのハルヒの顔。 自信満々で言った後に見せた100Wの笑顔。とんでもなく久しぶりに見たような気がしたからだ。 ……これからもよろしく頼むぜ、ハルヒ…… 『涼宮ハルヒ』 疑似閉鎖空間に入れられた後、北高生徒を率いて激戦を指揮し続けた総指揮官。 最後までSOS団にかかわらずすべての生徒たちを励まし、思いやり続け戦い抜いた。 一方で、鶴屋さん戦死直後と1日目の夜間に自らに向けて引き金を引きそうになるが、ぎりぎりのところで耐えている。 しかし、キョンが死んだ場合、3度目の衝動に駆られても止めることはできないだろうと確信していた。 精神的に消耗する中、SOS団とキョンの存在だけが彼女を支えていた。 『長門有希』 ハルヒから任命された副指揮官。実際には前半戦は砲撃隊指揮官で、後半は喜緑江美里ともに情報操作戦を続けた。 疑似閉鎖空間に閉じこめられた後、かつてないほどの【絶望】の感情に陥ったが、 喜緑江美里から与えられたヒントで希望を取り戻し、敵との情報操作戦に勝ち抜いた。 『朝比奈みくる』 癒し系担当などという不明な任務についていたが、実際には負傷者の看護を行った。 凄惨な傷を目撃するたびに失神していたが、献身的な看護を行い、多くの生徒たちの命を救った。 『古泉一樹』 古泉小隊指揮官。後にUH-1のパイロット。 的確な指示と援護により、大きな戦果を続けた。 同じクラスである9組の生徒たちを巻き込んでしまったことを激しく後悔し続け、 また、涼宮ハルヒに無関係な生徒多数を巻き込んだ敵に対して人知れず感情をあらわにすることもあった。 敵の策略によりUH-1を撃墜されて戦死する。 『鶴屋さん』 鶴屋さん小隊指揮官。 涼宮ハルヒの撤退命令を拒否し続け、北山公園の敵砲撃地点の制圧を続行し、見事困難な作戦を完遂した。 実際に涼宮ハルヒの影響が低いと言うことで、小隊に配属されていた生徒たちは彼女の命令を拒絶することが可能だったが、 30名中26名が戦死した激戦でも、彼女の姿勢に異を唱えるものは一人としていなかった。 鶴屋さん自身は敵の罠であることを承知の上でこの作戦を了承し、ここで散る覚悟だった。 「今あたしたちが敵を制圧できなければ、敵は学校への攻撃を続行し犠牲者はますます増えるんだ。 だから、どんな犠牲を払っても敵をやっつけないといけないのさ。これが最後。みんなには犠牲を強いてごめんなさい。 一斉射撃後にあたしが先陣を切る。少しでもあたしがひるめば遠慮なく後ろから撃っていい。行くよっ!」 突撃の際に敵の銃撃を受けるが、決して止まることなく制圧を完了した。そのときの傷が元で戦死。 戦場で戦った生徒:272名 死者:117人 負傷者:76人。 この戦場を駆け抜けたすべての生徒たちを讃える。 ~~おわり~~
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「キョンくーん、ハルにゃんが来てるよー」 日曜日の朝っぱらから妹に叩き起こされる。いい天気みたいだな。 いてっ、痛い痛い、わかった。起きるから。いてっ、起きるって。 慌てて準備をして下に降りると、ハルヒはリビングでくつろいでいた。 「あんた、何で寝てんのよ」 「用事がなかったら日曜日なんだから、そりゃ普通寝てるだろ」 「普通は起きてるわ。こんないい天気なのに。あんたが変なのよ」 たとえ俺が変だったとしても、こいつだけには絶対変とか言われたくねぇ。 「で、今日はどうしたんだ。お前が来るなんて聞いてないぞ」 「んー、今日はなんかキョンが用事あるらしくって、暇だから遊びに来たのよ」 今のを聞いて何をわけのわからないことを、と思った人間は間違いなく正常だ。なら俺は何だ?変人か? そうだな、わかりやすく説明すると、この涼宮ハルヒは異世界からやってきた涼宮ハルヒなのだ。 『涼宮ハルヒの交流』 ―エピローグ― もうあれから数ヶ月が過ぎ、俺たちは基本的には落ち着いた日々を過ごしていた。 あの日、異世界から『俺』とこの涼宮ハルヒが、初めてやってきた日、病室はとんでもない混沌状態だった。 俺たちの方のハルヒが病室に帰ってきて、この二人の存在がばれそうになった瞬間、俺は諦めて目を瞑った。 その後、ハルヒの声に目を開けると、二人の姿は消えていて、ハルヒは何も見ていないようだった。 一瞬、今までのことは全部夢なんじゃないかとも思ったが、周りの連中の顔色からそうでないことは明らかだった。 後で古泉に確認したところ、二人はドアが開いた瞬間にふっ、と消えていったそうだ。 そういうわけで、なんとかその日は乗り切ったのだが、なぜかこいつは度々こっちに遊びに来るようになった。 ハルヒにだけは絶対にばれないようにと頼みこんだのだが、こいつはわかっているのかいないのか。 ちなみにこっちのハルヒとこのハルヒの違いは、顔を見ればなんとなくわかるようになった。 俺の部屋にハルヒを連れて行き、尋ねる。 「で、どうしてお前はちょこちょここっちの世界に来るんだ?向こうで遊べよ」 「せっかく来れるんだからその方がおもしろいでしょ、なんとなく」 別にどっちもたいして変わりゃしないだろ。 「それとな、お前らわざわざこっちの世界にデートするために来るのはやめてくれ。 こないだ鶴屋さんに見られてたらしく、やたらとにょろにょろ言われて大変だったんだぜ」 ハルヒはしたり顔になる。 「こっちの世界ならなにやってもあんたたちのせいにできるし、人目を気にしなくてすむのよ。 あ、犯罪行為とかは今のところするつもりないから安心していいわよ」 くそっ、お前らが町でめちゃくちゃするせいで俺らが学校でバカップル扱いされてるっていうのに。 何度かその様子が谷口と国木田にまで目撃されて、かなり冷やかされちまったんだぜ? いや、まぁこっちの俺たちの学校の様子に原因がないとも言えないが。 「で、あんた今日は暇なのよね?ホントに?」 だからさっき用事はないって、……あ! 「やべっ、忘れてた。もう少ししたらハルヒが来る」 「あんた何やってんのよ。あたしが来てなかったらまだあんた寝てるわよ。せいぜいあたしに感謝しなさい」 言ってることが当たっているだけに何も反論できん。 「それにしてもどうしようかな。有希のところにでも行こうかしら。それともみくるちゃんで遊ぼうかな」 みくるちゃんで、ってなんだよ、で、って。 「帰ればいいだろ。向こうのSOS団で遊べよ」 「そんなこと言ったって、こっちの有希とじゃないとできない話とかもあるのよ。 あたしのところの有希とは、お互いまだ秘密が守られてるっていう暗黙の了解があるし。 それをわざわざ自分から崩すなんて無粋なことしたくないし」 いや、お前から粋なんて感じたことはないから安心しろ。 「どっちにしろ早く行かないとまずいんじゃないのか?お前は長門の家までワープで行くのか?」 「そんなことできるわけないでしょ。もちろん徒歩よ」 「だったら早くしないと、もうハルヒが来るぞ」 「そうね、じゃあ有希のところに行くわ。またね」 「ああ、それじゃ……ってやっぱ待て。時間がまずい。行くな。最悪玄関でハルヒと鉢合わせになる」 「じゃあどうすんのよ。……あ!三人で遊ぶってのはどう?楽しそうじゃない?」 「却下だ却下。考える間でもない」 全然楽しそうじゃない。間違いなく俺の負担が数倍になってしまう。 「……とりあえず帰ってくれないか」 「嫌よ。それ結構疲れるのよ。って言ったでしょ」 だから疲れるんならいちいちこっちに来るなよ。 「……わかった。なんとかしてみる」 仕方なく携帯電話に手を伸ばす。 なかなかでないな……。コール音が8回程度のところでやっと声が聞こえる。 『……もしもし、どうかしましたか?』 「都合悪いのか?ならやめとくが」 『結構ですよ。それよりご用件は?』 「ああ、すまんな。今ハルヒがどのあたりにいるかわかるか?」 『先ほど家を出たようですから、……あなたの家まであと3分といったところでしょうか?』 3分?ってもうすぐそこじゃねぇか。 「今向こうのハルヒが俺のところに来ていて困ってるんだ。なんとか長門の家まで運べないか? なんか帰りたくないってわがまま言ってて困ってんだ」 『……それは困りましたね。5分もあればそちらにタクシーを寄越せますけど』「くそっ、無理だ。他に何か――」 ピンポーン。 ああ、間に合わなかった。何が3分だよ。1分もなかったじゃねぇかよ。 「……どうやらもうハルヒが来ちまったようだ。お前3分って言わなかったか?まぁいい。これからどうす――」 『ご武運を』 プツッ。 ってまじかよ。あいつ切りやがった。信じられねぇ。 下で妹が何か言ってるのが微かに聞こえる。 「とりあえずどこかに隠れるか、帰るかどちらかにしてくれ」 「そうね。おもしろそうだからちょっと隠れてみるわ」 おもしろそうとかで行動するのはまじで勘弁してくれ。 「キョンくーん。なんかまたハルにゃん来たみたいだよー。なんでー?」 いや、妹よ。お前は知らなくていいんだ。 「とりあえず待っててもらうように言っててくれ。準備ができたら行くから」 くそっ、どうすりゃいいんだ? 長門に頼むか?しかし、長門はハルヒには力が使えないって言ってたな。 ピンポーン。 「はーい」 誰か来たのか?また妹が相手をしているようだが。 しばらくすると再び妹が部屋に来た。 「みくるちゃんが来たよー。それでね、『10分間涼宮さんを連れだします』って伝えてって言ってたよー」 どういうことだ?でも朝比奈さんナイスだ。助かりました。 このチャンスに、再び携帯電話を手にとる。……今回も長いな。何かやってんのか? 『……もしもし、どうにかなりそうですか?』 なりそうですか?じゃねぇよこのヤロー。 「説明は面倒だ。時間がない。とりあえず家にタクシーを頼む。5分あればなんとかなるんだろ?頼む」 『わかりました。すぐに新川さんを向かわせます』 「サンキュー、よろしくな」 電話を置いてハルヒに話しかける。 「とりあえずなんとかなったぞ。5分で古泉からタクシーが来る」 「あたしもう来たんじゃないの?どうして助かったの?」 「事情はよくわからんが朝比奈さんに助けられたようだ。どうしてわかったんだろうな」 「みくるちゃん?……なるほどね。たぶんあんた後でみくるちゃんに連絡することになるわ」 なんだって?どういう意味だ? 「そのうちわかるわ」 そう言ってニンマリ笑う。 「まぁわかるんならいいさ。それより長門の家に行くんだよな?なら連絡するが?」 「あ、そうね。やっぱいきなり押し掛けるのは人としてどうかと思うしね」 お前は何を言ってるんだ?お前は今何をやってるかわかってないのか?それとも俺ならいいってのか? 「……じゃあ連絡するぞ」 長門の携帯に電話をかける。 『何?』 って早っ!コール音なしかよ。 「あ、いや、今俺のところに異世界のハルヒがいきなり遊びに来たんだが、俺はハルヒと約束があるんだ。 で、この異世界ハルヒがお前と遊びたいみたいなこと言ってるんだが、どうだ?」 『いい』 「迷惑ならそう言えばいいんだぞ。お前もせっかくの休日だろ?いいのか?」 『問題ない』 「……わかった。ありがとよ。じゃあもう少ししたらここを出ると思う。よろしくな」 『だいじょうぶ。……私も楽しみ』 「そっか、ならいい。じゃあまたな」 『また』 ふうっ、と、電話を置いて一息つく。 「だいじょうぶみたいだ。長門も楽しみだってさ」 「そう、それは良かったわ」 「それにしても、お前長門に変なこととか教えるなよ」 「変なことって何よ。あたしは人間として当然のことを有希に教えてあげてるだけよ」 俺はお前に人間として当然のことを教えたい。 ピンポーン。 三たびチャイムが鳴らされる。 今度は妹がすぐにやってくる。 「キョンくんタクシー来たよー。ってあれー、どうしてハルにゃんがいるのー?」 頼むから気にしないでくれ、妹よ。 タクシーで長門の家に向かうハルヒを見送った後玄関先で待っていると、すぐにハルヒと朝比奈さんが現れた。 「あんた、こんなとこで何やってんの?」 「何って、お前を待ってたに決まってるだろ?」 「そ、そう。わざわざ出てこなくても中にいればいいのに」 ちょっと照れてるみたいだ。 「それじゃあ、私は帰りますねぇ」 「あ、朝比奈さん。わざわざありがとうございます」 すると、朝比奈さんは近づいてきて、俺の耳元でささやく。 「私は実は少し未来から来ました。後で私に伝えておいてください」 あっ!なるほど。さっきハルヒが言ってたのはそういうことか。 「今日の午前10時にキョンくんの家に行って、涼宮さんを10分ほど連れだすように伝えてくださいね」 「わかりました。後でやっておきます。今日はありがとうございます。助かりました」 「お願いね」 そういって極上の笑顔を浮かべると、少し手を振り、朝比奈さんは去って行こうとして再び戻ってきた。 「あの……今日はちょっと都合が悪いの。できたら連絡は明日以降にしてもらってもいいですかぁ?」 「はあ、構いませんけど。用事でもあるんですか?」 「えぇっと、この時間の私は今は古いず……あっ!な、なんでもないですぅっ。禁則事項ですっ。それじゃあ」 そう言うと、朝比奈さんは大慌てで走って行った。 何だって?古いず……?古いず、古いず。まさかその後には『み』が来るんじゃないでしょうね? そんなばかな。いくらみくるだからってそこに『み』は来ませんよね? 「あんた、何やってんの?みくるちゃんなんだって?」 「あ、ああ。いや、ちょっと頼まれごとをしただけだ。気にするな」 「……まぁいいわ。中に入りましょ。お茶でも煎れてあげるわ」 「ああ、そうだな。サンキュ」 こんな感じで、ドタバタしながらも異世界との交流はまだ続いている。 『涼宮ハルヒの交流』 ―完― エピローグおまけへ
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【読まれる前に】 本作は長編・『涼宮ハルヒの覚醒』のおまけとなっております。 上記作を未読の方はご注意ください。 「みんな……ありがとう。」 …。 …。 …何で俺達は長門にお礼を言われているのだろうか? 皆を見てみるが皆困惑の表情を浮かべている。 でもそんな事はどうでも良い。 だって…。 長門が今、最高の笑顔で微笑んでいるのだからな…。 …。 …。 …状況が分からない? …。 …。 …安心してくれ。 俺にもさっぱり分からない。 いつも通りの放課後、昨夜みた夢の話をしていた時に突然長門が立ち上がり俺達にお礼を言ったのだ。 しかしさっきも言った通りそんなことはどうでも良い。 長門が微笑んでいる。 それで良いじゃないか…。 …。 …。 …しかしこの後、俺達に予想できない悲劇が起こる…予想出来なかったとしても誰が俺を責められようか…? …。 …。 …。 長門が口を開いた。 「言葉だけでの感謝では足りないと思い料理を作ってきた。」 …。 …。 …時が止まった。 あくまで俺と朝比奈さん、古泉の3人だけだが…。 「有希、何作って来たの?」 「肉じゃが。」 「へぇ~、美味しそうね。」 「今から温める。」 「手伝うわ。」 長門とハルヒはガスコンロへ向かい肉じゃがを鍋に移し温め始めた。 …。 …。 「…集合。」 俺の言葉に従い、朝比奈さんと古泉が俺のそばに来た…2人の顔には悲壮とか絶望とかそんな感じの物が浮かんでいた。 おそらく俺にも同じ物が浮かんでいる事だろう。 …。 「で…何の罰ゲーム何だこれは?」 「…僕には思いあたる事はありません。」 「わたしもです…。」 さっぱり分からん…しかし一つだけ分かっている事。 このままでは俺達の命は長くない。 …。 …。 「とりあえず長門さんに謝りませんか?」 「そうですね…僕達が何をしたのかわかりませんが…謝りましょう。」 「ああ、心の底から謝れば長門もきっと分かってくれるだろう。」 俺達は長門の所へ向かった。 …。 …。 『ごめんなさい。』 …。 …。 俺達は長門に頭を下げた。 …。 …。 …正直に言おう。 頭を下げたどころでは無い…俺達3人は長門に土下座をしていた。 特に示し合わせた訳では無い。 俺と朝比奈さん、古泉は当たり前の様に土下座していた。 俺達がどんなに必死か分かっていただけただろうか? …。 …。 「…意味が分からない。」 「何やってんの?あなた達?」 長門とハルヒは不思議そうな目で俺達を見つめている。 「いや…俺達が何かお前にしてしまったんだろ?」 「今後は僕達一同気を付けますので怒りを収めて頂けませんか?」 「ううっ…お願いしますぅ~。」 …。 …。 「理解不能…私は怒ってなどいない。」 「…だって…ならなぜ肉じゃが?」 「…感謝を形にしただけ…それに肉も沢山手に入ったから。」 ……肉って…たしかミノタウロス? …。 …。 どうやら長門は怒っている訳では無く本当に感謝の証として肉じゃがを作って来たみたいだ。 「じゃあまずはアタシが味見するわね。 団長の特権よ。」 そう言ってハルヒは肉じゃがに箸を伸ばした。 ハルヒ…それは味見じゃ無い。毒味だ。 頼むぞ団長殿。 …。 ハルヒは肉じゃがを箸で口に持っていこうとしたが…口から10cmぐらいの所でその動きが止まった。 …どうしたハルヒ? …。 「あれ…何でだろう…これ以上手が動かないの…。」 ハルヒは手を震わせながら言った…どういう事だ? 「…なるほど。 マッスルメモリーですね。」 古泉はそう呟いた。 マッスルメモリー? 「何だそれは?」 「マッスルメモリー…筋肉の記憶。 涼宮さんはその力…いや、都合の良い頭でしたか…。 …まぁそれにより前回の悲劇を覚えていません。 しかし頭は覚えていなくても体は覚えているのです…これを食べてはいけないと…。」 「なるほど…で、どうなるんだこれから?」 「わかりません。涼宮さんの頭が勝つか…体が勝つか。」 …。 …。 ハルヒの体、すまない。 きっとお前は生きるために今必死で闘っているんだよな…でもハルヒには毒味役としてその役割を全うしてもらわないといけない。 だから頑張れ、ハルヒの頭…。 …。 …。 時間にしたら1分ぐらいだろう。 ハルヒの頭と体の闘いはやはりハルヒの本体とも言える頭に軍配が上がった。 …。 …パク。 …。 次の瞬間、ハルヒはスローモーションの様にゆっくりと倒れ…動かなくなった。 …。 …。 …ゴッドスピード涼宮ハルヒ…。 …。 …。 「はわわわわわわ…」 「や…やはり…。」 「悪夢再び…か。」 長門は呟いた。 「また美味しすぎて気絶した。」 …。 本気で言ってるな長門。 次は…誰だ…? …。 長門はゆっくりと振り向き…その瞳は朝比奈さんを捉えた。 「ひ…ひえええ。」 次の瞬間、朝比奈さんは長門に捕まっていた。 「朝比奈さん!!」 「彼女はもう…駄目です。」 「バカやろう!朝比奈さんを見捨てるのか!」 俺は朝比奈さんを助ける為動こうとした…が…。 …。 …。 朝比奈さん…何なんですかその顔は…。 朝比奈さんは助けに向かおうとした俺に潤んだ瞳でゆっくりと首を振った。 その顔はなんて穏やかな…。 そう、これから自分に何が起こるか理解し、それを受け入れた顔…殉教者の様な顔をしていた。 (…今までありがとう。) 朝比奈さんは唇をそう動かし、肉じゃがに向かい口を開けた。 「朝比奈みくる、ありがとう。」 長門はそう呟き朝比奈さんの口に肉じゃがを入れた。 …。 …。 バタッ …。 …朝比奈さんは倒れ…動かなくなった。 …。 …。 (次は…) (僕達…) 長門はゆっくりと振り向いた。 (次はパターン的に僕でしょうね…。) (いや、そう思わせて俺かもしれん。) (長門さんのみぞ知る…ですか。では僕は左に逃げます。) (わかった。俺は右に。) 俺と古泉はアイコンタクトを終え動いた。 …。 …。 ガシッ …。 …。 次は…俺の番だった…。 まてまて!普通俺は最後だろ! 俺が逝ったら誰がこの後を解説するんだ! …。 バタッ …。 俺は長門に押し倒された。 「あなたには苦労をかけた。ありがとう。」 長門はそう呟き箸で肉じゃがを掴み俺の口元に突きつけた。 俺 絶 対 絶 命 ! (古泉、助けてくれ。2人で協力すればきっと何とかなる。 そこの窓から一緒に逃亡しよう!頼む!助けてくれたら冷蔵庫の中のプリンをお前にやるから!) …。 俺から古泉に向けたアイコンタクト。 …。 …。 伝われ!俺の思い。 …。 …。 …。 ~ここより古泉サイド~ …。 …。 彼は今、長門さんに押し倒され最後の時を迎えようとしていた。 絶対僕が先だと思ったのですけど。 …ん?…彼が何か… …!? …そうですか…分かりました。 …。 …。 『俺はもう駄目だ。せめてお前だけでも逃げてくれ。 そこの窓からなら逃げられる。 みんなの分まで生きろ! 後、冷蔵庫のプリンはお前にやる。俺にはもう必要ないからな…あばよ。』 …。 …。 …ですね。分かりました!あなたの気持ち。僕はみんなの分まで生きます!勿論冷蔵庫のプリンも美味しく頂きますので心配無く! …。 …。 僕は彼に微笑み窓に向かった。 …。 …。 タッタッタッ…バッ! 僕は窓に飛び込んだ。 …。 …。 スコーン 「痛!」 ベチッ 「ぐっ!」 …僕の頭に何かが飛んで来て命中し、バランスを崩した僕は壁に激突した。 振り返ると彼が僕を睨んでいる…。 …。 …。 …本当は分かっていました。 …。 …。 『古泉、助けてくれ。2人で協力すればきっと何とかなる。 そこの窓から一緒に逃亡しよう!頼む!助けてくれたら冷蔵庫の中のプリンをお前にやるから!』 …。 …。 …ですよね。 すいません。 でも…しかた無いじゃないですか…。 …。 …。 バタッ …。 …。 彼が倒れた。 …逝きましたか…次は…僕…。 …。 …。 気づくと窓とドアのあった場所はコンクリートの壁になっていた。 …。 今この部室に生きている人間は僕と…。 「古泉一樹、最後のお礼はあなた。」 …この長門有希。 僕は立ち上がり長門さんと向き合った。 「あなたは私を命懸けで助けてくれた。だから一番美味しい所を。」 なんの事だかわかりません。 ただ分かるのはこのままだと確実な死が訪れるということ。 「残念ですが長門さん、その肉じゃが消させてもらいます。」 「…何故?私はあなたの為にこれを作った。それは不許可。」 「僕に…出来ないとでも思っているのですか!」 僕は両手に力を込めた…大丈夫、力は使える。 「怖い顔…あの時と同じ。 ……たしかに素敵かも…。」 さすが普通の時でも異空間化している文芸部室、力の九割ぐらい使える。 でもやはり自分を光の玉に変える事は出来ないみたいだ。 「でもあなたでは私に勝てない。すぐに食べさせて終わりにする。」 …勝率は…一割の一割以下か…絶望通り越して笑えてきますね…。 「ええ、すぐに終わります。僕が肉じゃがを消してね。」 …だがやるしかない。 「…あの時と同じ。」 長門さんは良く分からない事を呟いた後肉じゃが入りのお椀と箸を持ち、僕に突進してきた。 僕も長門さん…いや、肉じゃがへと向かい突進した。 …。 …あれからどれくらい時間がたったのだろうか? おそらく5分ぐらいだと思うが僕には3時間にも4時間にも感じられていた。 …1分がこんなに長いなんて…。 僕の体中が肉じゃがの汁だらけだ。 …背中の汁が一番濃いか。 長門さんは強い…何よりも素早くて攻撃が肉じゃがに当たらない…とことん当たらない! 「何故そんなに頑張るの?」 …逝きたくないからですよ。 長門さんは肉じゃがを掴んだ箸をなぎ払って…!? …肉じゃがが僕の口を掠めた。 「…おしい。」 あと数ミリで口の中に入っていた…。 僕は右手の光を肉じゃがに向かって投げた……やはりよけられた。 「そろそろ終わりにする…肉じゃがが冷める。」 長門さんは再び僕に突進してきた……箸を僕の口に一直線に…。 ーー!? 僕はとっさに体をズラし口への直撃は避けたが汁が口の中に入った。 「ぐっ!」 視界が歪む…足が震える…汁が入っただけでこれか…。 僕はとっさに手を伸ばし長門さんの持つ箸を奪いとった。 良し…取った! …。 …。 長門さんは僕から飛び退いたあと…。 …。 …。 スタスタ …。 …。 新しい箸を取りにいった…。 …。 …馬鹿ですね…僕は。 「…不思議。箸じゃなくてお椀をその光で狙えばあなたの勝ちだったのに…。」 …まったくもってその通りです。 先ほど口に入った肉じゃがの汁のせいか足が動かない…絶体絶命ですね…。 長門さんは再び肉じゃがを箸で掴み僕に突進してきた。 …。 …。 長門さんの動きがゆっくりに見える…これがドーパミン効果ってやつですか…。 この軌道…そのまま口に入って…即死だな…。 …。 …。 …。 「……。」 僕は右手で肉じゃがを掴んだ箸を握りしめていた。 …僕はまだ…死ねない。 そのまま長門さんの腕を掴む。 長門さんは僕が何をしようとしたのか分かったのか飛び退こうとしたが…。 「遅い!」 左手で放つ0距離攻撃。 赤い光に包まれ、肉じゃがは静かに消滅……え? …。 …。 長門さんは僕がそうすると最初から分かっていたかのようにかわしていた…。 「あなたがそうするのは分かっていた。」 次の瞬間僕の口に肉じゃがが入った…。 …。 …。 ズキューン …。 …。 バタッ …。 …。 …。 ~ここより長門サイド~ …。 …。 私が肉じゃがを古泉一樹の口に入れると彼は静かに倒れた。 「お礼完了。」 私の作った肉じゃが…成体ミノタウロス5体分の一番美味しい所を使って作った肉じゃが。 美味しさのあまり気絶するのも無理は無い。 でももう少し食べてもらいたかった…。 「……う…。」 古泉一樹? …。 …。 「…な…長門さん…。」 「なに?」 「…もう一口…食べさせて…もらえませんか…?」 彼は震えながら言った。 「…量が少なかったらしく…逝けませんでした…。」 私の肉じゃがをもっと食べたいと言ってくれている。 古泉一樹…傷だらけになりながら私を助けてくれた…。 そして私の肉じゃがをもう一度食べたいと…。 何…この感情は…エラー? でも…嫌じゃない…。 「…このままでは…生き殺しです…せめて…ひと思いに…。」 私は頷く。 「あ…ありがとう…ございます…。」 そして彼の口に肉じゃがを入れた。 …。 …。 バタッ …。 …。 気絶した。 …。 …。 古泉一樹…みんな…ありがとう。 …。 …。 …。 彼らが目を覚ますのは3日後となる。 …。 …。 …おしまい。
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「何よ、折り入って話したい事があるって」 ハルヒは、不機嫌なのか照れているのかよくわからない声で俺に質問した。 決意を胸に、俺はその日の放課後、SOS団の活動が長門の本を閉じる音で終わると同時にハルヒを非常階段の下---つまり、誰も来ない静かな場所に呼び出した。 第三者的な目線から見れば、まさにこの状況は、なんとも青春ドラマ的だと思う。 こんな場所で男女が二人きりになるなどという事はつまり、ドラマの中では、すなわちお約束なシーンで、お約束な言葉を言わなければいけないのだろう。 などという事を、考えていた。 「まぁ、大事な話なんだよ。ハルヒ、お前に一番最初に話しておこうと思ったんだ」 俺はハルヒに向かって言う。 「も・・・、もったいつけずに話しなさいよ!!い、いいわ、特別に聞いてあげる!」 ハルヒは二の腕を組みながら言った。自身に満ち溢れている表情、ああ、いつものハルヒだ。 そのことに一先ず安堵し、次に俺の胸を落ち着けた。 「あのなハルヒ、俺・・・」 ===============【涼宮ハルヒの留学】=============== 昔から「新しい」と名のつくものは、好きだった。新製品、新発売、新幹線も好きだし、新大阪なんていう名前もだ。どうしてなのかは俺にもわからないが。まぁ、例に漏れず「新学期」も好きなイベントの一つではあった。 俺達学生にとって一大イベントである「クラス替え」などという決して他人事ではない大切な行事もさることながら、気持ちも新たに登校する学校というのは、どうしてだろう、空気が違うように感じた。 もちろん、そんな事はおそらく俺の勘違いであり。2.3日もすると、いつもの睡眠が俺を襲ってくる事は間違いないのだが。 その日は、俺にしては(あくまで俺にしては)朝から快適な目覚めだった。妹のドロップキックで目覚めるという事が半ば習慣となっていた俺にとって、自らで自らの目を開いたというのは、大袈裟にいえば一種の悟りの境地なのであった。 「あれれ。キョンくんがもうおきてるー」 残念だな、妹よ。今日からお前のドロップキックで起きる俺では無くなったのだ。 ・・・、正直いつまでこの状態が持つかわからんが。せめて三日坊主よりは長生きしたいものだとは考えていた。なにせ新学期なのだ。学年も変われば気分も変わる、なぜか俺はそんな気がしていた。まぁ、新年を迎えようが、学年が一つ上がろうが、ハルヒは相変わらずだろうがな。 なんと言っても、ハルヒは自分で自分の事を崇高で絶対不可侵などとのたまっているのだ。事情も何も知らない一般人的目線からするとかなりのセンで怪しい事を言っているのだと思う。いや、実際その通りなのだが・・・。 まぁ俺はそんなハルヒが立ち上げたSOS団の団員その1、かつ雑用係であり、まぁ、色んな出来事の鍵らしい。俺にゃまったくそんな自覚はないんだがな。 「キョンくーん、朝ごはんできたよー」 学生服に着替えながら、一階の妹に今行くと返事を返した。 この匂い、今日は目玉焼きに醤油だな。快適な一日は快適な朝ごはんからと、かの有名な・・・ええと誰だったか忘れたが、そんな言葉もあるくらいだしな。 * 登校途中に出会った(出会ってしまった)谷口は、一年生らしい女の子にさっそくお得意の(?)ナンパをしていた。 見るからに可愛い女の子ばかりに声をかけては凄い勢いで平手打ちをくらったり、ぷいと無視されたり、まぁ反応は様々なのだが、連敗記録を今日だけで10は更新していそうだ。 「よぅ、キョンじゃねぇか。新学期になってもかわらねぇな」 「それを言うなら、お前のナンパの成果の無さも相変わらずだな」 「甘いぜ…キョン。お前はまだまだ甘い」 「な、なんだよ」 「変化なんてもんはな!自分で望まなきゃならんのだ!!」 谷口が珍しくマトモな事を言っていると感心していると、いつの間にか俺の横からこつぜんと居なくなり--新しい女の子へ声をかけていた。 あいつのああいう前向きな一面を俺は見習うべきなのだろうか。 そうは思いたくないが・・・。 「やぁ、キョン」 「おう、国木田」 「おはよう、どうしたの?校門で突っ立って」 「いや、谷口のヤツがな」 「あぁ、そういえば昨日たまたま駅前で会ったんだけど、その時から張り切ってたよ。今は年下がねらい目だーって言ってたからね」 「成功率0%の更新は今日も続きそうだがな」 「ははっ、まぁそうだね」 その後靴を履き替え、教室で国木田達と談笑していた。しばらくすると項垂れた谷口が教室へと帰ってきた。本人の口から直接聞いたわけではないが、どうやら成果は上がらなかったらしい。下手な鉄砲数打てど当たらず・・・、谷口の為にあるような言葉だと思った。 その後、チャイムギリギリにハルヒが教室に入ってきたのと同時に担任の岡部もやってきて朝のホームルームが始まった。どこか浮ついた空気が流れる新しいクラス。 新学年といっても、一年生の時とそれほど面子が変わった形跡が見られないのはハルヒの仕業なのだろうか、それとも。まぁ、知っている顔が多いという事はとりたてて悪いと言う事でもあるまい。 「そうだ、キョン」 「なんだ?」 国木田が思い出したように言った。 「昨日佐々木さんにも会ったんだ」 「佐々木に?」 「そうそう、彼女凄いね。なんでも学校の選抜大使かなんかに選ばれたらしいよ」 選抜?大使?なんじゃそら。 国木田の後から現れる影 その影はいきなり大きくなったかと思うと 「ちょっと!キョン!話があるからきなさい!」 ぐ、ネクタイ引っ張るのだけはやめてください。 「生徒会対策よ!」 とか言って、何やら紙とペンを持たされた俺達は前回以上にひいひいいいながら機関紙を発行したり。 野球大会ならぬボーリング大会(これなら少人数でも大丈夫だろ)に参戦したり。 相変わらずハルヒのエンジンは新学期早々から一分の迷いも無く全開だった。 度重なるイベントに、たまにはブレーキをかけた方がいいんじゃないかと、俺が愚痴を零すと 横でニヤケ顔の古泉が 「涼宮さんらしくていいじゃないですか」 とか言うのだ。まぁ、確かに。その方がハルヒらしいよな。あいつはそれでいいんだよ、俺は振り回されているくらいで丁度いいのかもしれない。 長門は長門でずーっと読書に没頭してるし、部室専用のエンジェル朝比奈さんは--ああ今日もトテモ素晴らしいです。 最近じゃメイド服以外にもナース服とかチャイナドレスとか、警察の制服とか(どっからそんなもん買ってくるんだ)を見事に着こなしている朝比奈さんには、もはやどんな賞賛を持ってしても値しない気がしてきた。 そんな朝比奈さんを気の毒に思うのだがしかし、これはこれで、この状況を楽しんでいる俺がいるわけで。そういう意味では俺もハルヒの共犯と言わざるを得ないかもしれない。すみません、朝比奈さん。 そんなこんなで、まぁ。 アクセルを踏むどころか、ペダルが壊れて戻らないというか、新学期だろうが何だろうがそんなハルヒはハルヒで健在なわけで。 SOS団の活動もあり、俺達は時間の経つ事すら忘れる様なくらいに忙しい日々を過ごしていた。 いつの間にか、桜が開花したというニュースが流れてから3ヶ月くらいが経っていた。 その間には花粉症がどうのこうのと世間を騒がせているみたいだったが、幸いうちの家族はそれとは無縁な生活を過ごしていた。 しかし、なんでも花粉症というものは人間の食生活や生活習慣と深く関わりがあるらしく、誰にでも発病する可能性があるというニュースを昨日見たばかりだ。 その日の朝食には、お袋がさっそく買ってきたヨーグルトが登場し、俺はこのヨーグルトが家族を守ってくれる救世主になる様に深く願った。たのむぜヨーグルト、なーんてな。 その日の朝も快適だった。 目覚ましのセットしていた時間より1分前に目覚めた。おはようございます、と、背伸びをすると、カレンダーのマル印に目が行った、今日がその日だと思うと、少々の緊張感に襲われた。もっとメランコリーな気分になるかと思いきや、どうやらそうではないらしい。まぁ、ダメで元々だしな。リラックスしていこう。 国木田に協力してもらいながらここまで来たが、どうも俺にとって「テスト」というのは鬼門であり、それは今回も例外ではなく、あまり手応えの良くないテストのデキ次第で合否が決まってしまうわけなのだから、緊張するのも仕方無い事だろう? 1年生から2年生へと無事に進級した俺たちは、いつもながらにお約束の通学路を通り、いつもながらに授業を受け、SOS団では普段と何も変わらぬ非日常を過ごしていた。 何も変わらぬ非日常、などという表現だが。日常ではなく、非日常と書いたのはあながち間違いではない。そりゃそうだろう、なんだってこの猫の額ほどの文芸部室と言う空間には、未来人、宇宙人、超能力者が一同にかいしているのだ。 それに何より、涼宮ハルヒという存在、SOS団をSOS団たらしめている存在だが、ハルヒがいる事により、もっとカオスに。当たり前の事だが、もはやこの空間は日常という言葉には相応しくない空間になっていた。 それはいつかの俺が望んでいたことであり、ここにはむしろ心地よさすら感じられていたのだが。 2年生へと進んだ俺にとって、本日ある転換が訪れようとしていた。 いつかの谷口の言葉に感化された--いや、まさかな。まぁ、確かに。谷口には感謝するべきなのかもしれないけれど。 昼休み、職員室で聞いた岡部の言葉をそのまま復唱しよう。 「よく頑張ったな、キョン。合格だ」 担任まで俺の事をキョンと呼んだのは、この際どうでも良い事としよう。 俺は嬉しさで有頂天だった。有頂天ホテルだ、乱闘だ、乱闘パーティーだ。 いやすまん、少し取り乱した。 これ、手続きは済んでいるからな。と、岡部から渡されたパスポートに写る自分の半開きの目を見て、どうしてこんな写真が採用されたのかと我ながら自分の目を疑っていた。 いやしかし、実感と言うものはすぐには沸かないものである。 甲子園優勝投手、M-1チャンピオン、宝くじに当選した人。まぁ、少々大袈裟な表現かもしれないのだが今の俺の気分に似ているのかもしれない。 甲子園に行ったわけでもないし、漫才ができるわけでもなく、ましてや宝くじなど買ったことはないのだが。 教室に戻り。 今まで協力してくれた国木田に礼を言うと 「頑張ったのはキョンだよ、僕は何もしていないから」 などと、実に歯がゆい返答を返してくれた。 頬がつい緩んでしまう。 ありがとう、国木田。半分はお前のおかげだ、いや。実際半分以上お前のお陰かもしれん。 なんだか、午後の授業が上の空だった。 後の席のハルヒからは 「キョン?なんなのよ、気持ち悪い」といわれてしまったけれど こんな時なんだ、鼻歌の一つでも歌ってもいいだろ。 だから。この事を話さなければなるまい。 まず、何よりハルヒに。 * 「何よ、折り入って話したい事があるって」 ハルヒは、不機嫌なのか照れているのかよくわからない声で俺に質問した。 決意を胸に、俺はその日の放課後、SOS団の活動が長門の本を閉じる音で終わると同時にハルヒを非常階段の下---つまり、誰も来ない静かな場所に呼び出した。 第三者的な目線から見れば、まさにこの状況は、なんとも青春ドラマ的だと思う。 こんな場所で男女が二人きりになるなどという事はつまり、ドラマの中では、すなわちお約束なシーンで、お約束な言葉を言わなければいけないのだろう。 などという事を、考えていた。 「まぁ、大事な話なんだよ。ハルヒ、お前に一番最初に話しておこうと思ったんだ」 俺はハルヒに向かって言う。 「も・・・、もったいつけずに話しなさいよ!!いいわ、特別に聞いてあげる!」 ハルヒは腕を組みながら言った。自身に満ち溢れている表情、ああ、いつものハルヒだ。 そのことに一先ず安堵し、次に俺の胸を落ち着けた。 「あのなハルヒ、俺・・・」 「ちょ、ちょっと待って!」 言いかけた言葉、両手で俺を制するハルヒ、一体なんだと言うのだ、さっきもったいぶらずに話せって言ったじゃないか? 「こ、心の準備が必要じゃない」 そうか? 「そうよ。そ、…それにキョンも落ち着く必要があるんじゃない?」 そうするとハルヒは2回3回大きく深呼吸をして、いいわよと言った。 そうかそうか、そんなに俺の事を心配してくれるか。 「そ、そうよ!団員の事を心配するのは、団長だけの特権なんだからねっ」 相変わらずハルヒはハルヒだ、俺はそんなハルヒの様子に安堵した。 これならば、今の俺の気持ちを打ち明けても大丈夫だろう。 そう、桜も散ってしまい、葉桜へと姿を変えた頃に決意した気持ちを。 16歳から17歳へ移ろうかという時の、思春期というより、青春まっさかりの気持ちを。 どうしてもハルヒに一番に聞いて欲しかった。 聞いて欲しかったんだ。 それは、俺のエゴなのかもしれないけれど。 他の誰でもない 朝比奈さんよりも 長門よりも 古泉は、まぁ入れてやってもいい 国木田は協力してくれたからな、谷口はこの際論外という事で。 誰よりも、ハルヒに。 俺の気持ちを、知っておいて欲しかった。 「あのなハルヒ。俺、留学するんだ」 * 一陣の風が通り過ぎた。 一瞬目が痒くなった様な錯覚に陥り、花粉症になったのではないかという思考を巡らせたが、そんな考えは一瞬のうちに消えてしまった。 えらく、長い時間が過ぎたと思う。 校舎の大時計は7を指していた。 6月も終わりといえど、この時間になると結構暗くなるものだ。 俺の言葉はハルヒに届いただろうか。 二人の間になんとも言えない空気が流れる ハルヒに、笑われるだろうか それとも、祝福してくれるのか どちらにせよ 俺から伝えるべきことは、伝えた。 「いう事って、りゅ・・・、留学?キョン、あんたが?」 ハルヒはただ、驚いていた。 ああ、そうだろう。それが当然の反応なのかもしれない。当たり前といえば当たり前の反応だ。 俺がハルヒの立場だったら間違いなくそうするだろう。 まさか万年成績最下位の座を谷口と争っている俺がこんな事を言うなんてのは、夢にも思わなかっただろうからな。 酔狂と捉えられてもおかしくはないだろう。 そうだ、でも。 俺は留学するんだ、中国にだ。 「ちゅ、中国ってアンタ、あのチャイニーズな国でしょ?海を越えた向こうにある国じゃない?」 ああ、そうだぞ。 ニーハオ、シェイシェイ。中国語の勉強も少し始めたんだ、向こうに着いてから大変だからな。 「そんな…、そんな事って…」 ハルヒは下を向いて何か呟いている。 俺にはそれが聞こえないが。 ・・・、喜んでは、くれない、・・・か。 やや空いて 「それでな、SOS団の事なんだが…」 一番大切な事を話そうと思った、その時 「お…、めでとう!!」 「へ?あ、あぁ。ありがとう」 ハルヒは今日一番の大きな声で祝福してくれた。 俺は一瞬の事で変な声しか出せなかったのだが 次の瞬間ハルヒはくるりと反転し、全速力で駆けて行ってしまった 俺は、ただその光景を後から見ているだけだった。 俺は追えなかった。 どうしてだろう。 嬉しい反面、寂しいという気持ちになった。 ずっと思っていた事なのに。 言うのが遅くなったのは素直に謝ろう、すまなかった。 新学期が始まって、募集を開始した留学の事。 それに目が留まり、興味を惹かれ、応募した事。 国木田に勉強をみてもらっていた事。 決してダマそうと思っていたワケじゃないんだが、ギリギリまで黙っていてハルヒを少し驚かせたかったという思いもあった。 結果的に、俺の目論見は成功に終わった。 ハルヒは、 泣いていたけれど。 * マナーモードにしていたケータイに着信 ’古泉一樹’と表示され、なんとまぁ、通話する前から大筋の用件がわかるタイミングで電話をかけてきたものだと思った。 『もしもし--マッガーレこと古泉一樹です、いっちゃんってよんd』 四番じゃなくて、呼ばん。なんだよ、今忙しいんだよ 『それはご愁傷様です、実は先程ここ半年で一番巨大な閉鎖空間が発生したのですが。何か心当たりは?』 ・・・ 『あるのですね』 まだ何も言ってねぇだろ 『そうでした、今僕も新川の車で向かっている所なのですが』 それがどうかしたのか 『前にも言いましたが、閉鎖空間は涼宮さんの気持ち一つで発生するものです。あなたにもご理解いただけているかとは存じますが』 あぁ、嫌になるほど 『そうですか、それならば話は簡単です』 ・・・ 『SOS団の活動の後、二人で非常階段に残った涼宮さんと何があったのか、僕は知りませんが』 なんだよ、俺が悪いと言うのか 『責任論を押し付けるつもりはありません、しかし、二人の間に何か誤解が発生しているならばまずそれを正すことが大切なのでは?おっと、現場に着きました、それでは、生きていたらまた会いましょう』 ガチャ……・・・ツー…ツー… 誤解ってなんだよ。 俺は、ハルヒに喜んでもらいたくて。 なのに、あいつ。 何を泣いてるんだよ 電話が来る前から学校を手当たり次第探しているが、ハルヒの姿は見当たらない。 ケータイも出ない、あいつの行きそうな場所を考えたが多すぎて見当もつかない。 ---いや、心当たりはあった。 走り出した。 そりゃもう、生まれてから今まで一番早かったんじゃないかと思うくらいに。 * いつかこんな話をした事があった。 それが一体、いつなのかは記憶が定かではないが。 「ねぇキョン」 「なんだ?」 「あたしね、運命とか信じないの」 「どうしてだ?」 「だって、そんなチンケなものに頼っているなんて、なんだか恥ずかしくない?私の人生は私が切り開くのよ」 「ははっ、ハルヒらしいな」 「あんたはどうなのよ」 「うーん、どうだろうな…」 「キョン?」 「少なくとも、俺はハルヒや長門、朝比奈さん、古泉達と一緒にSOS団に居れて良かったとおもうよ」 「少なくともって何よ」 「まぁ聞けよ」 「仕方ないわね、聞いてあげるわ」 「お前が居てな、横で長門が本を読んでるんだよ。そんで古泉が俺にオセロでボロ負けしてるんだ。それで俺は朝比奈さんのお茶を飲みながら、ああ、今日も良い一日だなって思うわけだ」 「・・・」 「だから、ハルヒには感謝してる」 「なっ・・・!」 「どうした?」 「な・・・、なんでもないわよ・・・」 「そうか?」 「そ、そうよ!」 「うん。だから、これはひょっとしたら運命なんじゃないか、ってな。たまにそう思うんだ」 「・・・ばか」 「へ?」 「あー・・・、もう。バカキョン」 「ひ、人が真剣にだな」 「・・・ちょっと、カッコいいじゃない・・・」 「ん、何か言ったか?」 「な、何も言ってないわよっ!!」 * いつかの公園。 いつかの記憶に、ハルヒの声が重なる。 「やっぱり、ここに居たか」 ぜぇぜぇ、と肩で息をしながら。 ブランコに乗ってる黄色いカチューシャに声をかけた。 声に反応したのか、少し肩が上がる。 俺は息を整えようと、深呼吸をした。 気がつくと、もう日は沈んでいた。 「なによ」 振り向いたハルヒの目は充血していた。 ・・・、泣かせてしまったのだろう、俺が。 色々な思考が巡ったが 一番にすべき事があった。 「すまん、ハルヒ!」 俺は全力で謝った。 かっこ悪いかもしれないけれど、そりゃもう凄い勢いで頭を下げた。 「お前に今まで一言も相談せずに黙っていてすまなかった!お前に喜んで欲しくて、中国語の選考だってなんとか通過して。それで!いざ留学が決まって、俺、うれしくて。でも、お前の気持ちなんか全然考えていなくて!すまなかった!俺、自分勝手だよな!お前の事ちゃんと考えられなかった!ほんと、ごめん!」 口を開いたら、今まで溜め込んでいた気持ちとか想いが溢れてきた。 なんて俺はバカな事をしちまったのだろうかと、今更ながらに思う。 なんで一言くらいハルヒに相談をもちかけなかったのか なんで、どうして。 ハルヒを探している途中に、何度も自問自答した。 本当は、見返してやりたかったのかもしれない。 俺だってやればできるんだぞという所を見せたかったのかもしれない。 男って、そういう生き物だろ? 特に、す・・・、す・・・好き・・・な、女の子の前ではさ。 「なによ・・・、バカキョン・・・」 ハルヒも我慢していたものが溢れたのだろうか その大きな瞳に涙をたくさん貯めていた 「バカ・・・、キョン・・・。あんた、よかったじゃない・・・私、嬉しかった。でも、キョンが私の前から居なくなるって考えたら恐くなって・・・、それで逃げたの・・・、ごめんね、怒った・・・?あたし、キョンが居なくなったらまた中学の時みたいに一人ぼっちになっちゃうかと思って…恐くなった。恐くなったの」 肩が震える。 「お前は一人なんかじゃない!!」 叫んだ。 「お前には、長門だって朝比奈さんだって、古泉だって、鶴屋さんだって、国木田だって谷口だっているじゃないか!」 「キョンじゃなきゃだめなの!キョンじゃなきゃ・・・だめなの・・・」 「・・・っ!!」 あぁ、やっぱり俺は大ばか者らしい。 何が格好をつけたかっただ、ハルヒの一番そばに居た癖にハルヒの事を一番わかっていなかったのは俺じゃないか。 「ハルヒ、・・・すまん」 「キョン・・・キョン」 現実に女の子を、抱きしめた事なんてなかった。夢の中の出来事なんてのはノーカウントだからな。 だから、どうしていいのかわからなかったけれど、ただ、なんとなく知ってはいたんだ。 いつかドラマで見たみたいに、ハルヒの背中にそっと手を添えた。 胸の中で、ハルヒの温もりを実感した。 普段は存在感の塊みたいな感じなのに、こうしてみると意外と小さいんだな 「バカ・・・、あんたが大きいからよ」 涙まじりの声で、上手く聞き取れない。 すまん。 「ねぇ、キョン」 なんだ 「あたしね」 ああ 「キョンの事」 うん 「好き」 そりゃ奇遇だな 「俺もハルヒの事が好きだ。世界で一番、な」 「・・・バカ・・・、大好き・・・」 * 「わざわざ見送りなんて来なくてもいいのに」 俺はお袋と妹以外の4人に向かって言った。 「そういうわけにはいかないでしょ?あんたにはSOS団中国特使としての重責があるんだからねっ!!」 ハルヒ。 元気でな 「あ、あんたもね」 「あ・・・あのぅ・・・キョンくん!がんばってくださいねっ!!」 両腕でガッツポーズを取った朝比奈さん はい、帰ってきた時は朝比奈さんのお茶、楽しみにしてます。 あ、でも、もう卒業・・・ 「うふっ、大丈夫ですよ♪」 あれれ? 目の前がピンク色に・・・ 「ちょっと、キョン?」 はっ、いかんいかん。 「僕も微力ながらサポートさせていただきますよ、中国には親しい友人が居ましてね、その人物・・・」 謹んでお断りする 「それは残念です」 「・・・」 長門、行ってくるよ 「そう」 もしかして最初から知っていたのか? 「・・・教えない」 そうか、俺の居ない間、ハルヒをよろしく頼む。この通りだ 「了解した」 それじゃ、行ってくるよ。 「キョンくーん、お土産まってるよー」 お兄ちゃんって呼びなさい! お袋、行ってきます。 「立派になって帰ってくるんだよ」 ああ、病気なんかするなよ。 飛行機がハイジャックされないかと最後まで心配してくれたハルヒ。 飛行機が墜落しないかと最後まで心配してくれたハルヒ。 愛しい人。 愛すべき人。 ちょっと待っててくれよな、一年なんて、あっという間に過ぎるさ。 * 下宿先で、ハルヒそっくりの人物と一年間を過ごしたのは、また別の話になる。